うん、とか、すん、とか、


御手杵は、戦場に立つたんびに、自分がなんだかどんどん尖っていって、まるでほんとうに、人の身体になったのに、槍というものになっていくのが、正しくは戻っていくのが、わかっていて、わからないでいた。敵の身体に穴をこさえるたんびに、自分のなんだかよくわからない、でもずっと深くにある場所なのか、部分なのか、とにかくどこかに、同じような穴が空くような心地がして、それってなんなんだろうって、疑問だけを抱いた。だから、もうとっくに絶命した敵の亡骸に、何度も何度も何度も何度も何度ももうこれ以上あけるとこないなってくらい槍を突き刺して穴だらけにした。そしたらおんなじ部隊の奴らの、「もうやめろ!」とか、「御手杵!」とか、「そんなの僕らがやることじゃないよ!」とか、そんなのがずっと遠くから聞こえて、頭から血をかぶったような恰好でやっと、「あ、うん、ごめん」と、言った。その言葉の空っぽさがきっと顔に出ていて、それがみんなの顔でわかった。そしてどこかもおんなじように空っぽで、この感触みたいな、でもかたちがないから感触でもなくって、なんだかわからないものって、いったいなんなんだろうなあって、自分とは正反対に真っ青な空を見上げながら、息を吐いた。

御手杵の様子のおかしさは本丸中に知れて、ある日、よく世話を焼く脇差の連中に、「あの……御手杵さんって、誰と一番気が合うんです?あ、いや、俺たちの中からとかじゃなくっていいんですよ。そんなんじゃないんですよ」と、鯰尾に聞かれた。そうして御手杵はずっと考えて、なんとなく頭に浮かんで、ちょっと会話しただけだった刀の名前を告げた。そうしたら、鯰尾も、そこらにいた骨喰も、浦島も微妙な顔になって、でもその後に、青江が「まあ、ちょっと彼となんでもいいから話してみたらいいんじゃあないかなあ。その刀は、そう、君よりずっと長く本丸にいる。それから彼は前、君とおんなじようで、だからふたりで何か話してみたら、なにかわかるかもしれないよ。色々と、さ」と、笑ってみせた。御手杵は、気持ちってなんだろう、そんなのどこにあるんだろうと首を捻ったけれど、みんなして、まあ、それがそれがいいかもしれない、という顔になったので、そうすることにした。それがなにか違和感のある「それがいいかもしれない」という顔だったことに、今の御手杵は気付けなかったけれど。

御手杵はそういえば、蜻蛉切以外ではそんなに、なんとういうか、気が合うという存在を持っていなかった。正確には蜻蛉切であっても、同じ槍同士だからそこで共通点が多いだけで、なにか違うとわかる時がままあった。脇差連中とはよくつるむのだけれど、それはなんというか、おんなじ何かは共有しているのに、暗くて深いところには誰も到達していないような、そんな気がするのだ。

かといって御手杵は誰とも話さないわけではなくって、なんでもないことなんかは、適当な刀とぼんやり話したり、面白い話があったら、普通に笑ったりしていて、でも、なんだか、笑っていたのが、遠い昔のような気がして、不思議だった。それは昨日だったかもしれないし、一週間前だったかもしれないし、なんなら一年前だったような、もしかしたら笑っていたのかいなかったのか、そんな曖昧さで、日々を過ごしている。それがどういうことなのかも、わからないでいた。


「なあ、同田貫」

御手杵は脇差と話をしたその次の日の昼過ぎに、出陣から帰ってきたばかりの同田貫に玄関先で声をかけた。他の刀は土埃やらなにやらを早く落としたいのか、御手杵の方をちらりとだけ見て、「手強かったな」だとか「中傷の連中から手入れ部屋だ。あとは血止めだけして、痛むだろうが、部屋が空くのを待っていてくれ」とか話しながら、本丸の中へ入っていく。呼び止められた同田貫だけが憮然とした顔で「なんだよ」と脚を止めた。

「あのさあ、暇?」
「……あんたさあ、目、ついてねぇの?」
「え、ついてるけど」
「じゃあよ、ちょっと俺のことよく見てみろよ」

そう言われたので御手杵は同田貫のことをじっと見た。傷こそないけれど、髪の毛が返り血で一部固まっていて、顔にも飛沫を浴びていて、装束は汚れ、土埃やらなにやら、とにかく、これは風呂に入るべきだし、洗濯もすぐした方がいいという有様だった。けれど、御手杵は「あーなんか戦帰りってかんじ」とぼんやり、言った。同田貫はその様子をじっと見て、左上に視線をやった。

「普通に風呂、入りたい」
「ああ、そっか」
「あとまあ、今日は洗濯当番じゃねえから、服は自分では洗濯しなくていいんだけどよ、着替えて、甲冑とかはさすがに自分で手入れすんだわ。刀も使ったら手入れするだろ」
「そうだなあ」
「で、そんなことしてたら普通に夕餉の時間だろ」
「そうなるな」
「つまり俺は今、暇じゃないって、思いつかなかったのか」
「あーうん、ごめん、出直す」
「いや、いいんだけどさ。まあよくはないんだけどよ。ちなみに用事ってなんだ。呼び止めて、暇かって聞くからには、なんか用事あんだろ」
「うん。なんか、脇差連中が、一回同田貫と話してみろって」
「……ふうん。……じゃあ夕餉終わって、それからならいいぞ。……なんの話だ」
「え、そこまでは聞いてない」
「……じゃあ、まあ、適当に自分で何話すのか考えとけ」

同田貫はそれだけ言うと、他の連中とおんなじように、ある程度汚れを落としてから、本丸の中へと消えていった。御手杵は玄関先で、「何話せばいいんだっけ。なんだっけ。あれ、なんで俺考えてるんだ?武器なんだから、なんか考えるのって、おかしいよなあ」なんて、ぼそぼそ呟いた。そうしたら頭の芯がぐっと重くなって、眩暈のようなものがしたから、反射でしゃがみこんだ。暗いのが広がる。でもその広がってる場所っていうのが、よくわからない。どこなんだろう。身体の中のどこかにあるはずなのに、それがわからない。

夕餉を終えて、もやもやしたまんま、御手杵は同田貫の部屋に行くべきなのか、自室で待っているべきなのか、ちょっと迷った。けれどそこは同田貫の方が一枚上手だったようで、同田貫が御手杵の部屋の前で「入るぞ」と断ってから、障子を開けた。

「決めてなかったから、俺が行くのか、あんたが来るのか、わかんなかった」
「そうだろうと思って、来た」
「そっか」

会話はそこでぽとんと落ちて、同田貫はそこらにあった円座に腰を下ろして、むっつりと黙った。御手杵はなんだか同田貫といると不思議なかんじがするなあと尻が落ち着かなくて、自分がどうしてそんななのか、まったくもってわからなかった。なんだかそれにふさわしいような言葉だけがなんとなく、ほんとになんとなく頭にあって、けれどその中身は空っぽだ。

四半刻、ふたりは黙ったまんまで、同田貫は手遊びなのか、そこらの紐を抜いて、輪を作って、それを指に絡めて、いくつかかたちのようなものを作った。御手杵はそれを見ながら、なんでそんなことしてるんだろうと、ぼんやり眺めていた。そうしていたら、同田貫が四角に斜め二本、ばってん印の入ったかたちを作って、「これ、取ってみろ」と御手杵に言った。だから御手杵はそれを片手で、力任せに引き抜いた。そうしたら同田貫の指に絡まって、ひっかかって、ぎゅっと締まった。それでも御手杵が紐を引っ張るから、同田貫は「重症だなあ」と言った。

「え、なんで、何が」
「いや、さ、俺がやってたの、……綾取りなんだけど、普通はさ、かたちを違うかたちになるように、両手で、考えて、紐を受け取るんだよ。二人綾取りってやつ。で、まあ綾取り知らなかったとしてもよ、この俺の鬱血した指見て、なんか思わないわけ?」
「……え、多分痛いんじゃないか?でも取れって言われたし」
「絡まってたら、ほどけよ」
「ああ、そうなんだ。面倒なんだなあ」
「そういうのが、……面倒なのが、いいんだよ」
「ふうん。でもこれ、俺じゃほどけないと思う」
「じゃあ引っ張るのやめろ」
「あ、うん、わかった」

御手杵が紐から手をはなすと、同田貫はするするとそれを簡単に解いて、もとの輪っかにもどして、またかたちを作った。

「あんたさあ、聞いたんだけど、こないだ、もう死んだやつの死体に、馬鹿みたいに穴開けたんだって?つーか、何回かやらかしてんだってな」
「ああ、うん。多分」
「脇差連中はな、多分そういうとことか、まあ他にも色々なんだろうけど、それで俺と話しろって言ったんだと思うわけよ。……なんで……俺なのかは……知らねぇけど、さ。で、なんでそんなことしたわけ」

同田貫の手の中では、色々な形ができていって、それをいちいち、御手杵に見せた。できたらまた輪に戻して、作り直して、また見せて、解いて、作って、見せて、解いて、たまに繋げてかたちを変えて、御手杵のなにかを邪魔するように、そうした。御手杵はそれを見ながら、ぼんやり、ぼんやり、ぽとぽと、自然と出てくるものだけ、吐き出した。考えないから、取り繕えない。

「……敵、刺して、倒して、そしたら自分にも、なんか穴があく。正しくは、最初から空いてる穴が、その穴のぶんだけ広がるんだ。槍で刺したのよりなんかおっきな穴。それ、なんだろって、……はじめは、敵の穴増やしたら他のとこに増えんのかなって、やってた。でもやっぱり、増えるんじゃなくって、広がんの。……でも、なんだろう、なんか、わかんねーんだけど、その穴がどこにあんのかわかんなくて、死体には穴が空いてるから、じゃあここ?ここ?どこ?って探してたわけ。そしたらなんでかみんなして、血相変えてさ。なんで?って。俺に空いた穴、見えんのかなって思って振り返っても、みんな俺の顔か、もう刺すとこなくなった死体しか見てないから、ほんとになんで?って、わかんないんだよ」
「……ふうん」
「どっかにさあ、なんかあんだよなあ。黒いような、深いような、なんででも埋められないような、変な穴。でもどこにあんのか、ぜんぜんわかんなくってさあ。……戦ってると、自分が鋭くなって、長くなって、尖って、尖って、槍になって、あは、この手だけでも敵に穴空くんじゃねーかなって、なる時がある。そういうとき、穴が大きくなる。なあ、これっておかしいわけ?みんな変な顔する。でも俺の顔の方が変だって顔になる。俺、変な顔してんの?」
「……ああ、そうだな」
「どういう顔が変な顔なんだ?」

同田貫は、「あー……」となんともつかない返事をしながら、少し難しく指を動かした。紐は生き物のようにうねって、まっすぐな中に、丸いものを作った。

「これ、なんに見える?」
「紐」
「……つまりはそういうとこ。……まあなあ、わかんなくはないんだよ。俺も……、そっち側……だった、から。でもさあ、さすがに、こんだけかたち作ってやってんだから、せめて丸とか言えよ。ちなみに、これ、綾取りの名前としては、太陽っていうらしいんだけどな」
「紐がなんで太陽になんの」
「……うん、あんた、のっぺらぼうみてえだなあ」

御手杵はそう言われて、自分の目と、鼻と、口があって、なんなら眉毛もあって、ちゃんと顔が隆起しているのを手でぺたぺた触って確かめてから、「顔、あるけど」と言った。

「そうじゃなくってさ、気持ちがないんだよ、あんたの顔。気持ちってのは、人間にしかないもんでさ、俺も実際、戸惑った。戦で、最初は戦えることがうれしかった。……でもなんで嬉しいって思うんだって突き詰めて考えてさ。きっかけは……今のあんたに言う気はない。……最初に考えたのは、脳みそってやつがあるからか?とか、血が通って、自分で身体動かそうとしないとどこも動いてくれないからか、とか、そういうの、色々。それで、なんとなく、自分がただの刀だった頃のこと思い出してさ。人間って、まあ、そうじゃない奴もいるにはいるんだけど、おんなじ人間を斬る時、斬ったあと、なんでか、自分も痛そうな顔してんの。ま、俺が使われてた時代なんて、平和だったからさあ、人斬った同田貫正国が少なかったってのも、あんだろうけど。だから俺はわかったんだよなあ。こうやって、人間の身体になって、たぶん心ってもんができたんだって。人間だけが持ってる、わけわかんないもんも、この身体についてきたんだって。ただ振るわれるだけじゃあなくって、自分で考えるから感情ができて、感情が集まって、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、他の奴らはどんな風に思うんだろうとか、そういうこと気にするようになって、こいつは好きとか、ここは嫌いとか、そういうのがどっから発生すんだって考えた。で、やっぱ心からなんだよ。ぐちゃぐちゃで、わけわかんないもんがいっぱい混ざってんのに、そっからほどけるようにして気持ちが生まれるらしくって、でも心にはかたちがなくって、どこにあんのかもわかんなくて、そのくせおかしいくらい重くて……まぁ、今でもよくわからない。……ずっと、考え続けてる

同田貫の眼が、少し陰って、ひどく痛いような、そんな顔になった。

「で、つまるところ、俺とお前の違いってのは、まぁ、お前と他との違いでもあるんだけどよ、俺は考えたけど、お前は考えること自体放棄してるって、話。……人間の身体のくせに、中身が武器のまんま。そんなのでぼんやり過ごしてるから、表情に感情がない。そんなのは表情がないのとおんなじだ。だから、のっぺらぼう。感情は心から生まれるから」
「……こころってなんだ」
「だから、俺もわかんないんだって。むしろ、わかるやつなんて、いるのか。でもみんなちゃんと持ってるんだ。かたちがなくって、それぞれみんなかたちが違くって、そして身体のどこにもなくって、でもどっかに、たしかにあって、それが大事なもんだってことは、わかってんだけどよ」
「なんだよ、それ」

御手杵はわけがわからないという顔で首を傾げたけれど、同田貫はその顔をじっと見て、手遊びをやめた。そうして、「ちょっと、まあ、なんも考えないで、そこの槍、持て」と、御手杵の本体を指さした。御手杵は言われるがままにそれを持ち上げた。

「で、俺のこと刺してみろ。ただし急所は外せよ」
「え、なんで」
「いいから、適当な場所でいい」
「ふうん」

御手杵が槍を持とうと立ち上がると、同田貫もすうっと立ち上がった。御手杵はいつものように槍を構えて、同田貫を刺そうとした。けれど、それはなんだかいけないことのように、はじめて「思え」て、こわいように「思え」て、なんでだろう、と、「思った」。そんな御手杵に、同田貫が「ほら、刺せよ。ちゃんと『いつも』みたいに貫通させろよ」と言うから、頭を真っ白にして、びゅっと槍を、突き刺した、はずだった。そうしたらなんでか手元が狂って、急所をかすめて、「あっ」と声が出た。同田貫は貫通した太い槍を掴んで、さすがに身体を折り曲げながら、「ああ、やっと、のっぺらぼうじゃあ、なく、なったな」なんて、言った。

「っ……ほら、抜け……よ」
「抜いたら、血が……」
「ほら、考え……出した」
「なんで、なんだこれ、こわい、やだ、なんでこんなことさせたんだ。痛いって。なんで、同田貫が痛いのに、なんで俺が痛いんだよ!どこが痛いんだよ!どうしよう、どうしよう、これ、どうすんの?抜いたら血がすげえ出る。急所掠めてる」

御手杵はどうしてか、とても苦しくて、何かが締め付けられて、たらりと目から水を流した。それは顎をつたってぽとんぽとんと畳に落ちて、手にも降りかかって、視界を千切っては落ちて、千切っては落ちた。同田貫は流石に、ひとつ咳き込んで、目が覚めるように赤い血をごぼりと吐き出した。御手杵は首を横に振って、「ああ、あ、嫌だ、嫌だ」と子供のように喚いた。同田貫は吐き出した血を手で受け止めて、それを御手杵に「触れよ」と差し出した。御手杵はやっぱり首を横に振った。同田貫は脂汗を流しながら、蒼白になってきた顔で、「なんで……嫌……な、んだ」と言った。ばたばたと、抜かなくても、温かい血がとめどなく畳に落ちる。

「だって、それ、怖い。あれ、怖い?え、なんで……同田貫が……あれ……まって、ちが、今は『考えてる』場合じゃなくって、抜いたら、駄目だから、すぐ手入れ部屋に、入れないと……」
「……今日、出陣し、たの、蛍丸と……たろ……太刀……満室、だ」
「じゃあなんでこんなことさせたんだよ!痛い!なんか痛い!怖い!やめてくれよ!こんなことしたくない!わかんねーよ!こんなのわかんなかった!こんな苦しいの、知らなかった!なんで目から水が出るんだ!動けない……動いたら、ほんとに、急所に入って……でも抜いたら血が出て……やだよ……やだ……死ぬなよ!折れるなよ!俺が折ったとかそんなの嫌だ!」
「……っ……あ……ハッ……まぁ……っ及第、点……」

同田貫はそれだけ言うと、やっとのように腕を懐に入れて、御手杵に手伝い札を投げた。飛距離が足りなくて、それは御手杵には届かなかった。けれど御手杵はすぐ、しかし慎重にそれを拾い上げて、このまんまじゃ、槍が刺さったまんまじゃ手入れ部屋にも入れられないからと、ぐずぐずに泣きながら、できるだけゆっくり、慎重に槍を抜いて、その時に同田貫が「あ゛あ゛、う、ぐっ」なんて呻くから、それも怖くて、「ごめん、ごめん、ごめん」と、すぐに自分のジャージを脱いで、傷口にぐるぐる、きつく巻き付けて、急いで手入れ部屋に運んだ。その間に同田貫は意識を失って、ずっしりと重くなった。御手杵は同田貫からどんどん熱が引いてゆくのが恐ろしくて、「ああ、やだ、死ぬな、目、開けろ……すぐだから……」と、蛍丸が入っていた手入れ部屋に手伝い札を投げ込んで、「え、何?なんで?」と困惑する蛍丸なんか気にも留めないで、すぐに同田貫を手入れ部屋に入れた。そうしたら、ここに居ないと、と思えて、同田貫の身体がゆるゆると修復されるのを、確かめるように、同田貫がまだ息をしているんだって確かめるように、じっと見つめていた。その間にも目からどんどん水があふれて、止まらなくて、やっと、それが涙って呼ばれてるものだって、わかった。苦しいのは悲しいっていう感情なんだって、わかった。怖いのも、悲しいのも、少しだけ小さくなった穴から噴き出しているんだって、わかった。その今は空っぽな穴が、こころなんだって、わかった。

それから何刻経ったかわからないうちに、同田貫がゆるゆると瞼を持ち上げて、「すこしはまともな顔になったなあ」と、かすれた声で言った。御手杵は「しゃべんなくていい。しゃべんないで」と、自然に、同田貫の手首を取って、その甲を額にあてた。ずっと泣いていた。もう身体中の水分が目から排出されて、なんにも残ってないような身体で、ずっと、ずっと、同田貫の傷口が、自分が穿った傷口がふさがっていくのを、少し見た。はじめは怖くなくて、ただはやく消えてほしいばっかりだったのだけれど、それがいつの間にか違う感情に変わっていた。今はどうして、見ていると胸が苦しくなるから、目を逸らして、ぎゅっとそれを瞑った。ずっと頭の片隅にひっかかっている言葉もあったけれど、目の前に憔悴した同田貫がいるものだから、そんなものにまで気をつかってやれない。ゆったりとピンク色の肉がもりあがって、傷口がふさがって、同田貫はそのあたりになってからやっと、大きく息をした。

「……急所は外せって、言ったろ……危なかったぞ」
「だって、なんで、わかんないけど、怖くて、手元が狂って、それで……」
「……怖かったのか。怖いって、『思った』んだな」
「……うん」
「なんで怖かったんだ」
「……わかんない」
「じゃあ、ちゃんと、考えろよ」
「うん……うん、」

御手杵はべそべそ泣きながら、返事をした。声も、前と違っていた。それはずっと泣いていたから枯れたとか、そんなんじゃなくって、まだよくわからない何かが、暗い穴を埋め始めたからだって、なんとなく、わかった。それから、胸が重くなるのにも気づいて、同田貫の変な言動についても思い至って、「俺、あんたと同じ部隊で出陣したこと、あったっけ」と呟いた。同田貫は何も答えなかった。


次頁へ





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -