ホログラム






「泉ー大丈夫かー?」
変に間延びした声が壁一枚隔てた向こう側から聞こえた。内側の返事を待たずしてがちゃりとドアノブが回ったかと思うと開いた隙間から長身がひょっこり現れる。茶髪に袈裟という有り得ないルックスの男。耳には穴が空いていて、空虚を埋めるように様々なピアスがしてある。それは泉が見るたびに変わっていたので、もしかしたら毎日付け替えているのかもしれない。一方泉はというと真夏なのに頭から毛布をひっかぶってベッドでガタガタ震えていた。所謂心霊現象的なものだ。こないだ事故のあった横断歩道を知らずに通ったらこの有り様。どうにもならなくて怖くて怖くて仕方無く麗二を呼んだのだった。祈るように握られた携帯がチカチカと光っている。嵐からのメールらしかったが見る余裕もない。
「…早く祓えよ」
「えー怖がってガタガタ震えてる泉可愛いしおもろいからもうちょっと観察してたい」
「それでも大人か!!」
本気でガタガタ震えている泉が哀れに思えたのかどうかは知らないが麗二がふざけた調子でむん!と気合いを入れると少しだけ身体の震えが治まった。ああやっぱり力だけは本物なんだなぁと泉も感心せずにはいられない。諦めたように携帯の光が途絶える。サイレントの着信だったかもしれない。しかし着信履歴はともかく。泉の携帯の発信履歴はレイジで途絶えていた。
「どう?」
「よくなった、けど寒い」
「大丈夫かー?」
麗二は泉の白い額を結婚指輪がついた方の手で撫でた。泉はひんやりと冷たい。アイスクリームのようだった。冷や汗で張り付いた前髪を分けてやると大きな目が少し細くなる。そのまま頬に手をやればやはり氷のように冷たかった。麗二は左手で耳のピアスに触れた。室温の金属のがよほど暖かい。
「やばいねコレ」
「…寒い」
少し考える素振りを見せてから麗二は徐に泉のくるまっている毛布を引っ張るとあいた隙間に身体を滑り込ませた。結婚指輪が泉の腕を軽く引っ掻く。
「…何」
「泉あっためないと」
「添い寝かよ」
「まぁね。力がある奴が近くにいるのが一番いいから」
ぱさりと毛布を落とせば泉の暖は麗二だけになった。腕が横たわった泉の耳の下にあってさらにその肘が折れて頭を包み込んだ。鼻先が麗二の胸に押し付けられる。線香と香水が混ざった変な匂いがする。息を吸って吐くだけで安心できた。汗ばんだ肌だけが泉に夏を主張してきた。
「レイジ、寝てもいい」
「寝た方がいい」
「寝て起きたらいなくなったりするのかよ」
「しないよ。だから安心して眠りな」
泉が身じろぎすると麗二の身体に頬がこすりつけられる。限界まで脱色された髪が麗二の首をくすぐった。
「おまえは俺が守ってやるよ」
「…」
「もう寝た?」
低い掠れた声で囁いてみたけれど泉はだんまりを決め込んだようで、返事がない。彼が握っている携帯がまた光りはじめた。嵐からの着信だった。泉は出ない。また履歴に一つ、塵が積もる。麗二はこの上のない優越感にも似たものを持った。華奢な少年の腕は弱々しくも彼の服を掴んでいる。袈裟が皺になっても構うものか。左手薬指の指輪がやたら指を締め付ける。それと同じくらいのきつさで麗二は泉を抱きしめた。

泉が目覚めると麗二はいなくなっていた。携帯を開くと嵐のメールと着信に埋もれてレイジのメールがあった。
『急用ができたから帰る。ごめん』
泉の身体はもう震えていなかったし肩も重たくなかったけれど猛烈に気だるくなって泣きたくなった。大人は簡単に嘘を吐く。それに振り回される子供がどんな気持ちか想像さえしないのだ。くるまっていた毛布から線香と香水の匂いがして切なくなった。喉が震える。携帯がまた光って、でも泉は出なかった。可哀想な着信履歴はいつだって嵐で、レイジからはこない。どうせ、きはしないのだ。


END





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