episode 4
人は不確かなものだからこそ焦がれていく


が明けようとしているのが、肌で分かった。清光はもう見ていない紙のない紙束を持って、どことも知れない縁側でため息をつき、吉行もまた同じように、そうした。空気はまだ夜だけれど、においが朝を運んでくる。長い長い夜が、明けようとしている。

「ね、今更なんだけどさ、俺、すごい間抜けなことに気づいた」
「なんじゃ、奇遇じゃな。わしもじゃ」
「おれはたしかに清光だけどさ、多分あんたの清光でも、ないよね」
「おん、そうじゃな。わしもたしかに吉行じゃけんど、おんしの吉行じゃあないな」

この夜の中には、つまるところ夢の中には、たしかにたくさんの加州と清光と陸奥守と吉行が出てきたけれど、そのどれとしてひとつもが、ほんとうの「つがい」ではなかった。つまりはそういうことだ。清光を演じてきた加州の相手は吉行ではなかったし、吉行を演じてきた陸奥守の相手は清光ではなかった。かといって紙束に記された場所で出会った相手がそうかというと、そうでもなく、ただこれは、例えるならば「夏の夜の夢」だったのだ。

「夏の夜の夢にしちゃ、随分、秋が近い」
「なんじゃったか、シェイクスピアじゃったかな。ああ、あんな喜劇で、終わってほしくもある」
「俺の『吉行』はそんなに博識じゃないなあ。なんでもっと最初からわかんなかったんだろ。これは俺の夢なんだから、俺の、本当の吉行が出てくるはずなんか、ないんだって」
「そりゃこっちのセリフじゃ。おんしがどこの清光かは知らんが、わしの『清光』じゃって、こがなわしの……なんともみっともない夢にゃあ、出てこんじゃろ」

つまるところ、清光も、吉行も、恋煩いをして、そうして、その恋をどうこうしようとした結果を、サンプルとして、紙束というかたちで、受け取ったのだ。その紙束を抱いて寝たら、ここにいたのだから、これは夢に違いないし、バッドエンドばかりが書き連ねられた紙束は、一応のサンプルで、未来かもしれないもので、どうしようもないものだ。

「あんたが切り落とした指、痛かったなあ」
「おんしが剥がした爪も痛かったちや」
「一回二人で同じとこ、入ったね」
「あすこが、わしらでじゃったらの結末なんじゃろか」
「わかんないよ。ていうか俺は別に傷がある清光じゃないんだし、そこには絶対たどり着かない」
「そうじゃなあ、わしはおんしを好いてはおらんからなあ」
「でもさ、俺たち結構気が合うと思うんだよ」
「奇遇じゃな。そう、ずっとこうして、夢の中で」
「二人してさ」
「偽物とでもずっと一緒におれるなら」
「それがひとつの幸せなんじゃないかって」
「なーんて」
「思ったりも、してみたけどさ」
「無理な相談じゃなぁ」
「そうだねぇ」
「お互い、相手が羨ましいのう」
「うん、羨ましい」

一晩の間に、気が狂いそうなほどのバッドエンドを、ふたりで見て回ってきた。振られて終わりならまだいい。悪ければ心中、無理心中、後追い、折れる結果がどこにでもあった。結ばれたら幸せって限らないし、結ばれなかったら幸せってこともない。それなのに、どうしてか、それらを見るのをやめることはできなかった。きっとどこかに、誰もがうらやむようなハッピーエンドっていうものが存在していて、自分たちはきっと、それを希望にしてこの暗い夜の中をあてどなく歩き回ったのかもしれない。けれど、ここでも、軽いバッドエンドをひとつ、迎えてしまった。そう、夢の中では、バッドエンドしか迎えられない。夏の夜の夢を終わらせたいのであれば、夢から覚めなければ、いけない。

「ねえ、俺と、俺のところの陸奥守はどうなると思う?」
「あっはっは、わかるわけないろう!逆に聞くが、わしとわしんとこの加州はどうなると思う?」
「ふふ、わかんないよ、そんなの」

さっきまで朝のにおいしかしてこなかったのに、だんだんと、薄明の空が黎明へ染め上がってゆく。そうして、加州がぼそりと、「きっと、結ぶとしたら、ここなんだろうね」と、呟いた。

「運命の赤い糸ってやつ。俺と、あんたなら、きっと、どっちも傷つかないよ。どっちも満たされないかわりに、どっちも傷つかない結果を、用意できる。わかってんだけどなあ、なんでだろうなあ」
「そうじゃなあ……けんど、それは歪で、きっとほどこうったって、切ろうったって、もうどうにもならんちや。死んだ爪を、付け爪にするようなもんじゃ。不可逆性に飲み込まれて、きっと、あんときああせなんだら、と」
「そう、ずっと、何回も繰り返すんだ。バッドエンドを迎えるたんびに、どこかに責任押し付けて、ここが悪かったとか、そういうの」
「じゃから、ここでお別れじゃ。妖精の悪ふざけも終わって、きっと、まあ、それなりの、不確定な未来が用意されてるじゃろ」
「なんだろうねぇ、それ、すごく魅力的に聞こえるよ。確定した未来しか見てこなかった今晩の俺にとっては、さ」
「うん、わしはおんしを、愛してはやれなんだが、好いちゅうよ」
「うん、俺も、あんたを、愛してはあげられないけど、好きだよ」

二人は言葉だけ重ねて、視線だけ交わして、あとはもう、指の一本も触れなかった。悪夢の中で、そうしてはいけないと、何回も学ばされていたからだ。ここに用意できてしまえるシナリオは、もしかしたらバッドエンドではないかもしれないけれど、二人がたっぷりと心を満たせるようなハッピーエンドでは、決してない。だから、それは不可逆性のバッドエンドなのだ。だから、ふたりして、じっと、悪夢を夜の空気に捨て去りながら、朝の空気に肺を馴染ませていった。どこで目覚めるかはわからないし、どんな場所で目覚めるかも、今の二人にはわからない。けれど、そこにだけ、不確定なエンディングが用意されている。


そうして、もう会わないだろう相手の顔を、最後にもう一度だけ見ておこうと、自分の隣を見た瞬間に、ぱちりと目が覚めて、いろんなものが、うたかたに消えた。そうして、起き上がってみると、後生大事に抱えていた紙束には、すべてペケ印がついており、最後の紙に、「不可逆性のバッドエンド→回避」とだけ書いてあった。それが何を意味するのかもやはりわからないで、結局、いつもの朝のように、支度を始めようと、布団から起き上がった。そうして、なんとはなしに朝日が見たくなって、障子を開けた。

(眩しい……)

ハッピーエンドのオープニングにふさわしいかどうかはわからないが、確実にバッドエンドのエンディングにはふさわしくないとわかるほどに目を焼く朝日が、真っ白なかんばせをして、こちらをみつめている。確かめるでもなく不確定な未来が、そこかしこに横たわっていた。不安になるほど、たくさんの、ハッピーエンドへの、一歩目が。


END

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