episode 3
ひとりで頬を濡らすくらいなら、どうか叫んでほしい


ろそろ紅葉も始まるあたりか、と、『そこ』の縁側にたどり着いた清光は、その隣に腰をおろしている吉行のかんばせをみて、「ねぇ、なんで吉行までここにいんのさ」と尋ねた。吉行は「ん?ないでわしがここにおったらおかしいがか」と返したが、すぐに清光を見て、「あ、」と間抜けな顔になる。

「そうだよ。『ここ』は俺の担当でしょ。ふたりとも『清光』と『吉行』になったら意味ないじゃん」
「あたた、やってもうた……。まあこればっかりはしかたないき、いやすまんとは思うちょるが、しばらくここにおらんと、もとのとこにも戻れんしなあ。ふむ」

吉行は少し難しい顔になると、懐から紙束を持ち出して、それをペラペラとめくった。その紙束には仔細色々なことが書いてあって、ふたりはそれを目印にあちらこちらへ足を運んでいるのだ。そうしているうち、吉行はふと、「なあ、ここはわしが来んと意味が無か軸じゃながか?」と清光に言った。清光は「だって、吉行には視えないんだから、来ても意味ないじゃん」と答える。

「いや、ここのわしは知らんくても、わしは知っとるわけじゃき、そこからつつけばなんら出るんち思うんじゃが」
「……かもね……」
「まあもうどうしようもないもんやき、聞くが、それ、どがなもんちや?」

そう言って、吉行は清光の襟巻のあたりを指さす。清光は「あー」と少し間の抜けた声を出しながら、そこに触れてみた。何度かごそごそとそうして、不思議そうな貌になり、襟巻を外す。吉行にはうつくしい首元が見えただけだったが、清光には違うものも見えるらしい。

「……なんにも感じないんだけど、絶対ここに『在る』って、わかるし、なんだろう、鏡がなくても、視える」
「ふうん、どのあたりじゃ」
「うん、この、首の少し細くなった、喉仏の下のあたりを、一文字じゃなくって、少し斜めに走ってる」
「ほんにわしには視えんのう……触ってもわからんがか」

吉行はそう言うと、清光の言ったあたりのところを、ひとさし指と中指で、そして最後には親指の腹までつかって、探し始めた。そうしたら清光が「……まって、なんでだろ、吉行に触られると、痛い、かも」と言い出した。

「変だな……。ここの加州はここの陸奥守に触られても別に痛くなんか、なかったのに。だから隠してこられたのに」
「んー……わしがここに『傷』があるって、知っちゅう状態でさわっちょるからか?」
「……でもさあ、やっぱ変じゃない?『首に、加州清光にしか認識できない傷がある』なんて」
「そうじゃなあ、おんし、なんぞ首に妙な思い入れでもあるがか」
「……そりゃあ、思い当たるのなんて一個だよ。俺、池田屋で欠けてるじゃん。やっぱそこなのかなって。多分この世界軸?時間軸?並行世界?の俺も、そう思ってるんじゃない?切っ先って、人間の身体の部位にあてはめたらここらへんで、自分はここらへんに傷が残ってなきゃおかしいかもって、思いこんだのかもね」

吉行はそこまで聞いてから、指だけでなく舌だとか唇だとかもつかって、清光の首を探りはじめた。清光が「痛い」と言った場所を噛んで、清光が「やめて」と言った場所を吸った。会話を間に挟みながら、それはじれったくなるほどゆっくり、しかし的確に進められる。

「どいて、ここの加州は、陸奥守にこの傷を教えんかったがか」
「……傷なんて、他にみえないなら下手に心配さすだけじゃん。だからだよ、多分。頭がおかしいと思われるかもしれないしね」
「じゃが、傷はここにあるんろう?」
「あ、……痛っ、……あるよ。どうしようもなく、あるよ」
「そいで、おんしが、加州が陸奥守にそれを教えれば、痛みも感じるんじゃ」
「……うん、はじめてわかった」
「わしはおんしのそがなとこが嫌いじゃ」
「俺はここの『加州』じゃないし、あんたはここの『陸奥守』じゃないだろ」
「でも、おんしはそういう刀ちや」
「……俺はあんたのそういうとこが、嫌い」

じゃあ自分たちはこんなところにまできて、いったいなにをしているんだろうなあと、思った。清光が「ねぇもういい加減にしてよ」と言ったあたりに、吉行は加州の首から口を離した。吉行は離れて視て、それがきちんと傷跡のように、紅く、歯形と鬱血がつらなっているのに、満足をした。

「これでわしにも見える」
「そうしたら、どうなるのさ」
「なんもならんよ。けんど、おんしが痛いち泣いちゅうときに、わしはここが痛いんろうなあと、やわくあっためちゃれる。撫でてやれる」
「……うん……」
「おんしはなあ、わしがおるあいだはわしがおらんくても大丈夫な奴ながに、わしがほんとうにおらんくなると駄目な奴やからな。いつまでもちゃんとわしがおって、こういて抱いてやらんと、泣けんじゃろ」
「……うん……」
「愛しちゅうよ。愛しちゅうよ」
「俺も、俺がいてもいなくても平気な顔してて、でもほんとうは俺よりも俺がいないと駄目なのに、それを隠すのがめちゃくちゃ上手くて、でもつまりは下手なあんたが、好きだよ。愛してる」

そう言って、抱き合って、ここはどこだかわからないけれど、きっともう少しだから、きっと、もう少しで本当の結末にたどり着いて、そうして、その先に進めるからって、二人して、もたれ合った。この軸の加州清光はほどなくしていなくなってしまうけれど、今の清光はここにいて、また、違う場所で陸奥守と、出会うから。そして今の吉行もまた、別の場所で加州と出会う。そしてそこの設定を紙束から探して、バッドエンドが束になったこの世界のどこかにきっとあるはずの、さまざまなバッドエンドが指し示しているたったひとつのハッピーエンドで、吉行と清光は、息をする。その世界軸を、探している。今はまだ、終わっていやしない。終わっていたって、終わっていや、しないのだ。


END

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