episode 1
忘却に結びついた祈りのかたち



にも、刀の姿から人の姿になった神様っていう存在にも、運命なんてものがあるのかなぁなんて、くだらないつぶやきが、隣から聞こえた気かがした。陸奥守がそちらを見やると、きっと自分の前以外ではしないだろうだらけた格好で、清光が読書をしていた。現代か、いつかの書物か、誰かの日誌か、そこまでは陸奥守にはわからなかったけれど。ここで陸奥守はしかし、表紙が見えているのに、どうしてそれがわからないのだろうと、不思議には思わなかった。ここはそういうふうにできている。

「運命……ふむ、まぁようけ聞くんは運命の赤い糸ってやつがかなあ」
「ふうん。あんたでもそんなロマンチックなのは知ってるんだ」
「知っとうよ。むしろわしゃロマンチストやき、そいがかは詳しいちや」
「じゃあさあ、見える?俺と、あんたの」

そう言って、清光は手のひらをすうっと、そちらに眩しいものでもあるかのように陸奥守に見せてきた。陸奥守はそれにじっと視線をやるが、しかし、「なあ、たしかこがなもんは目にみえんもんじゃなかとか?」と返す。そんなものが山のように見えていたら、どれだけの人々が縁結びに悩まなかったことだろう。

「それもそうだ。でもさ、なんでかさあ、人間ってのは、そういうのが好きでね。ほら、たとえばこうやって、赤い糸を作ってね」

清光はそう言うと、自分の襟巻の赤いのから、一本糸を抜き取って、それを器用に自分の指に結び付けた。そうして、その反対側を、陸奥守を呼びつけて、その左手の小指に結び付ける。固く結ばれたものだから、これではなかなかほどけないだろう。

「こうやんの。これで、俺とあんたは、運命の相手なんだって、」
「ふうん。しかしなあ、こりゃ不便ちや。なにするにも一緒、刀も握れんし、そうじゃな、こうすれば、すぐ終わりのもんちや」

陸奥守はそう言うと、脇に置いていた自分の刀で、その糸をたやすく切ってしまった。清光もそこまでは予想通りだったらしく、「そうだね。まぁ、そうなんだよねぇ」と、口元のほくろを、悲しいようにゆがませた。そうしてから、「切れた糸をさあ、結びなおすと、そこだけ太くなる。そこだけ歪になる。でも、ちゃんとつながる。前より強くつながる。でもかたちが違うんだ。きっとこうなりたかったって、かたちじゃないんだ。きっとはじめのかたちが自然で、繋ぎなおしたのが不自然なんだ。でも切れたのも不自然なことなのに、なんかそれって、不可逆性を逆手に取った不条理だ」と、陸奥守にはよくわからないことを呟いた。だから陸奥守は「やったらこういたほうがよかろ」と、清光の小指をとって、自分の小指を絡めた。

「あは、指切じゃ」
「……何、約束してくれんの?」
「そうじゃなあ、……おんしをずっと、好いちゅうよ」
「……うん、俺もずっと、あんたのこと、好き。……でもさあ、なんで人間って、一番細くて、力も弱い指で約束なんて、するんだろ。そんなの、約束ってのを、破る前提でやってるようにしか思えない。約束って名詞だって、『結ぶ』って動詞が付くこともあるけどさ、『契る』って動詞が付くこともある。結局、『千切る』んだよ。なんなんだろうね。こうしてるとさ、何かの不誠実さばかり突き付けられているような気がしてきて、悲しくなるよ」

清光はそう言いながら、さっき千切れた赤い糸の残骸をで、その結んだ小指の根本を、くるくると結んで、何かの祈りのように、そんなかたちになるように、それがほどけないようにした。陸奥守はそうしたら、じゃあ、こうするしかもう方はないよなあ、と、「そうじゃなあ、じゃあ、こうしよう」と、ぱっと刀を小さく振るった。そうしたらひゅっと血飛沫が飛んで、畳の上にことん、と、軽いものが落ちた。二人の、結ばれた小指だ。血が流れるたんびにそれは白くなり、白くなり、だんだんとモノになっていくのに、それはいつかふたりの一部だったということを、きちんとにおわせてくる。

「ほうら、もうこれで後戻りはできん。ほうっておけば硬直して、ずっとこのまんまじゃ。このまんま、朽ちて、腐って、そうじゃな、まあ、骨は残るか。まあそんなもんじゃ。このかたちのまんまとっておきたたいなら、まあ、適当な入れ物でも持ってきて、冷凍しちょけばよかろ。ただほうっておくよりは長持ちする。それか、ああ、そうじゃ、薬研に頼めばもしかしたらもっとずっと、永くもたしてくれるやもしれん。が、それになんか、意味はあるんかいのう」
「……ないね、きっと。きっと、それだけのものなんだね、運命って。約束の『かたち』って」
「そうじゃな。で、ちょっと小指が欠けた方の手でわしの腕、掴んでみぃ」

清光は言われるがまま、痛みをあまり感じていないのか、そんな痛みにはもう慣れてしまったのか、綺麗な顔に血飛沫だけつけて、陸奥守の左腕を握った。その握力の弱いのに、陸奥守は少し笑う。

「力、入らんじゃろ。出血大サービスで首でも締めさせたところで、今のおんしの左手じゃ、わしを殺せん。な、小指ゆう指は大事な指なんじゃ。欠けたら力が半分も入らん。要の指じゃ。それをかけて約束するんじゃから、その約束は守らんとなあ。かたちより形式より、その気持ちが大事なんじゃとわしは思うが」
「……うん、うん……そうだね。いいね、そういうの。そういうことにしよう。で、ところでさあ、あのさ、この指、主にどう説明すんのさ」
「あ、どいたもんかの」

陸奥守がこんなくだらないことでなにかしら資源を使わせてもらわなければならないということに思考を飛ばし始めたすきに、清光はころがった指を拾い上げて、しげしげと見つめ始めた。作り物めいている。断面まで綺麗で、これがふたりのいつかのかたちだったことが、なんとなくわかる。

「俺はさあ、あんたのこういうとこが好きなんだね、きっと。俺がいないと駄目だけど、俺がいなくても別にいいって、そういうとこが、さ」

陸奥守はそのあたりになってやっと、ここがなんだか違う世界のような、目の前の清光は自分が昨晩抱いた加州ではあるけれど、それとはまた違う清光なのかもしれないと、そう、ここがどこか、なにかひとつの物語のたどり着いた最後の一ページで、目の前の清光はその読者のような、そんな気がした。けれど、気がしただけだ。

「わしはおんしのそがなとこが嫌いちや。約束破るんは、きっとおんしやからなあ」

そして陸奥守は小指の無くなった腕で清光を抱き寄せて、「でも、わしはそんなおんしを、好いちゅう。わしがおらんと駄目で、わしがおらんくなっても駄目な、そんなおんしを、好いちゅうよ」と、甘えるように頬を寄せて、それから、その勢いで取り落とされた小指のことなんて、どっちも気にしていなかった。唇が重なれば、それだけで満たされて、いまがどこでいつなのか、明日があるのかないのか、そんなこと、どうでもよくなった。

切り離された小指にまとわりついた糸は血を吸って深くなり、乾いては黒くなった。黒い糸は心中の荒縄。さらさらと、何かが風化して、消えてゆくのに、どこか深いところがずっとかたく凝っていくような、そんな気がした。


END

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