本丸 | ナノ

episode 6
ひとあたりはん



「あー御手杵さんいけないんだー」

朝食の席でそう声を上げたのは鯰尾だった。御手杵はえっと小さく声をもらし、口に運ぼうとしていたシャケを取り落とした。

「お箸の持ち方、へんになってますよー」

鯰尾が指摘すると、近くにいた堀川も「あっほんとですね」と御手杵の手元を覗き込む。見れば、御手杵の箸はバッテンを描くようになっていて、指の置き場所もめちゃくちゃだった。御手杵は使えればそれでいいと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。蜻蛉切とは離れた席に座っていたので蜻蛉切も気が付かなかったようだ。蜻蛉切は遠くの方からなにか聞きつけたのか、あっという顔をして御手杵を見ていた。蜻蛉切はここではすっかり、御手杵の教育係のようになっていた。御手杵はそれが腑に落ちない。

御手杵的には箸の持ち方よりもなによりも、昨晩のことをどうやって解決したものかと思っていた。解決、というのは「うなされていたら起こしてもらえて当たり前」という同田貫に抱かれてしまったかもしれないイメージの払拭である。そのためにはとにかく礼を言わなければはじまらないだろう。御手杵はたしかに大切に扱われてきた槍かもしれないが、決してお坊ちゃんと揶揄されるようなことを望んではいないのだ。

「べつにつかえりゃそれでいいだろー」
「だめですよう、今は御手杵さんが一番の新入りだからですけど、あとから来たひとたちが真似しちゃったらダメじゃないですかー。それに、歌仙さんがうるさいんです!『箸の乱れは心の乱れ!』」

鯰尾は似てるのか似てないのかわからない物真似をしながら、前髪をぐいっと持ち上げた。歌仙の真似らしい。御手杵は「うへぇ」と溜息を吐き出す。覚えることばかりで嫌になりそうだ。箸がちゃんと持てなければ戦に出してもらえないのだろうか、なんて馬鹿なことまで考えだしてしまう。そんな考えを知ってか知らずか、鯰尾は御手杵の手から箸を一本取り上げると、「まずは鉛筆を持つみたいにそれを握ってください」と言った。

御手杵は蜻蛉切から厳しく鉛筆の持ち方は習っていたので、すぐにすっとそれを持ち替えた。どうして箸を鉛筆みたいに持たなきゃいけないんだ、これで文字でも書くのか、なんてことは思ったが口には出さない。教えているのが鯰尾ということもあった。これが蜻蛉切なら多分くちごたえしていたに違いないのだ。それがどうしてなのかはいまひとつわからない。

「そうですそうです。それが上のお箸です。上のお箸は人差し指と親指と中指で動かすんですよ!で、下のお箸はここに挟みます」

鯰尾はそう言いながら、御手杵の指の隙間にもう一本の箸を差し込んだ。ちょうど薬指と親指の付け根で支えられる場所だ。

「はい、これで、下のお箸は動かさないで、上のお箸だけ動かすんですよー」
「うへぇ、なんかぐらぐらする……」
「最初だけです。それ崩したらダメですよ!歌仙さんに見つかったらほんとうはおかわり禁止の刑なんですから!」
「えっそれは困る!」

御手杵はきゅうに焦りだして、もたつく箸の練習をはじめた。とりあえずさっき口に入れそこねたシャケからつまもうとするがなかなかうまくいかない。しまいには箸を一本、台の上に取り落としてしまった。それを拾い上げながらハッとして、「鯰尾!」と言った。呼ばれた鯰尾はびっくりした顔で「えっなんですか!」とこたえる。

「えっと……その……ありが、とう……教えて、くれて」
「え?いえいえ、どういたしましてー」

御手杵はそうとだけ伝えると、箸を練習するふりをして、下を向いた。なんだかすっごく背中がかゆいような、もぞもぞするような気がしたのだ。他人に感謝をするというのはなかなかどうして、むずかしいらしい。そうして、同田貫にはなんて伝えたらいいんだろう、いつ言えばいいのだろう、と、思った。なんだかとっても、むずかしそうだ。

御手杵の悩みも、拙い箸使いも、朝餉の喧騒に混ざって、なじむ。


END

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