本丸 | ナノ

episode 5
その呼ぶ声のする方に



酷い目に遭った、と、御手杵は目の端に涙を浮かべた。

だって刀や槍が風呂に入れるはずなんてないのだ。錆が浮いてしまうじゃないかというのが御手杵の持論なのに、他の刀どもは「いいからだまって風呂に入れ」とかなんとか言ってくる。歓迎会で意気投合したはずの脇差連中もそれに加わって御手杵を風呂に押し込めたのだ。頭から背中からあれやこれやまで丁寧に石鹸やよくわからないもので洗われた御手杵はたしかに毛並みはよくなったがしかし身に錆が浮くという恐怖でがたがた震え、逃げる勢いで部屋に戻ってきたのだった。あんな恐ろしい空間には一分一秒だっていたくなかった。これを毎日なんて気が狂っているとしか言いようがない。

御手杵は敷きっぱなしになっていた布団にくるまってがたがたやっていたのだけれど、気がついたらうつらうつらとしてしまっていた。布団とはそういうものだ。人の身体というのは疲れに敏感で、そこがなんだか気持ちが悪い。御手杵が目を閉じるそのすんで、橙色の光が見えた。

そうして眠ってしまったら、ゆめをみた。


「………おい、……おい!!」
「んあっ!」

御手杵が目を覚ました時、飛び込んできたのは仏頂面だった。自分がなんで起こされたのかも今が何時なのかも、どうして部屋の明かりがついているのかもわからない。パニックになってガバッととにかく身体を起こすと、それがひどくけだるく、びっしょりと汗に濡れていることがわかった。

「起きたか」
「へあっ、わっ、えっと……ど、同田貫……!」
「うなされてたぞ。隣の部屋まできこえて」
「え、隣……」
「俺の部屋だ。うるせぇの、なんの」

御手杵はうなされていた、と聞いて、自分の手のひらをチラと見たが、どうにも、夢の内容が思い出せない。けれど嫌な感覚はまとわりついていて、ぶるりと背筋が震えた。自分がこの世の中で一番恐れているものが背後に迫っているかんじがして血の気が引いてはいるのだけれど、それがなんなのかはわからない。御手杵は呆然と、「俺、なんて言ってた……」と同田貫に尋ねる。同田貫は少し考えてから、「……さあ、なんせ、こっちもデカい悲鳴で叩き起こされたんだ」とだけ答える。御手杵は「そうか……」と呟いて、言葉をなくした。

感覚がおかしかった。人の身体になってこんなのははじめてだった。冷たい汗はまだとまらない。とめかたもわからなかった。同田貫はそんな御手杵の様子を見たのか、がしがしと頭を掻くと、「湯でも浴びてきたらどうだ」と言った。御手杵は反射的に「いやだ!」と叫ぶ。

「ああ、アンタ、昨夜もひどかったもんな。どうせ、錆が浮くだの鈍るだの、そんなとこだろ」
「いやいや槍が風呂になんか入ったら錆びるし鈍るだろ!」
「今は人の身体だろ」
「それはわかってんだけど感覚的にやなもんはやなんだよ!」
「ふうん、ま、嫌でも慣れるさ」

同田貫はそう言ってひらりと手を振ると、踵を返した。そうしたら御手杵が引き止める間もなく、すらりと障子をあけて出て行ってしまう。すたん、と障子が閉まれば、あとはしんとしてしまった。けれど御手杵は自分の身体に血の気が戻り、冷や汗も止まっているのに気がついた。そのあとも少しぼんやりしていたが、身体がだるくってばったりと布団に身体を倒す。そのあとはうなされる前とかわらず、またうつらうつらと目を閉じた。布団というものはそういうものだ。そうしてまた夢の世界に旅立つ前に、「あ、」と思った。礼というものをいうのを忘れていた。これではまたお坊ちゃんと言われてしまう。けれどそれも大いなる眠りの前には無力で、あぶくのように、はじけて消えた。

朝日が昇ってから伝えればいい。なんて伝えたものかは、夢の中で考えよう。


END


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