本丸 | ナノ

episode 2
どうってことない、ほんとだって



御手杵にとってこの身ではじめての戦は散々だった。

出陣前夜は御手杵の歓迎会で深夜まで騒ぎに騒ぎ、眠い目をこすりながら長谷部に指示されたとおり函館に出陣をした。が、しかし、御手杵は出陣だとは聞いていたが、いきなり一人で放り出されるとは聞いていなかった。まともな刀装も渡されずにただ地図だけ持たされての初陣、これはあんまりではないか。話に聞くところによるとこれは新人が来たときの恒例行事みたいなもので、今までこの恒例行事で折れた刀はいないと聞くがしかし、と、御手杵は頭を掻いた。そうこうしているうちに敵の陣を見つけ、偵察するも、失敗。そのすきに敵に囲まれてあっという間に軽傷を負い、なんとか倒せはしたもののやはり一人というのがまずい。囲まれてしまったら刀傷は避けられなかった。

御手杵は地図を見ながら歩を進めたがしかし、辿り着いたのは本陣とは程遠い、敵の寂れた拠点だった。おかしいおかしいと首をひねるも、後戻りするわけにもいかず、とりあえずそこに突っ込む。偵察なんてするだけ失敗するのだと高をくくっての進軍だったがしかし、ここでも数に負けて酷い目に遭った。敵は短刀だけ二本だったが、急所を突けず、逆に会心の一撃を叩きこまれ、戦線崩壊。折れる寸前のとこでからくも逃げ切り、息を殺してなんとか本丸に戻ってくるというひどい結果であった。

初めての出陣は御手杵にとってひどく苦い敗北という結末。

岩融に肩を借りて手入れ部屋に担ぎ込まれながら、御手杵は歯を食いしばった。自分が情けなくっていけなかった。敵が雑魚だということはよくよくわかっていたけれど、油断したつもりもなかった。ただただ練度が足りなかった。それに尽きる。槍の扱いも拙いうえに、偵察もあてられない。この身体の使い方が、わからない。どうしたら強くなれる、どうしたらこんな苦しい思いをしなくって済むんだ、と、そればかり繰り返した。

「悔しいか」

肩を貸す岩融にそう尋ねられ、御手杵は素直にはなれなかった。ただ羞恥でぐっと唇を噛んだだけだ。岩融は「俺も初陣では痛い目を見た」と続けた。

「まだ身体の使い方がわかっていないだけだ。何度か皆と共に戦場に出ればそれも掴めよう。気落ちするなよ」
「……あんたは、負けたのか」
「ははは、俺はぎりぎりで勝利したな!」

慰めたいのか、けなしたいのかわからない。そうこうしているうちに手入れ部屋に到着した。この本丸には手入れ部屋が四つある。そのうちひとつが埋まっていて、もうひとつが御手杵で埋まった。手入れ部屋は襖で仕切られていたけれど、岩融が「こんなときにひとりで寝込んでいては気がめいるだろう」とその襖をとっぱらってしまう。奥の部屋から「おい!」という声が聞こえたが、それは岩融の耳には届かなかったようだ。

「あ、あんた」

隣の部屋にいたのは同田貫だった。この傷心のときにこんな不愛想なやつといっしょにいなくてはいけないというのが、御手杵には重く感じられた。取り払った襖は岩融がどこかへもっていってしまい、同田貫もここを動くことができないらしいので、しかたない、というような溜息をつく。溜息をつきたいのは御手杵もそうだった。とにかく自分が情けない。待ちに待った戦だったというのに、その結果がこれだ。情けなすぎて涙も出てきやしない。

「その様子じゃ函館帰りか」

意外なことに声をかけてきたのは同田貫だった。御手杵はびっくりしながらその顔を見る。こないだ見たときにも気が付いたが、この刀の顔には大きな傷跡がある。その傷跡を指でなぞってみたい、と、どうしてか思った。御手杵がなんにも答えずぶすくれていると、「なんだ、不愛想なやつだな」と。

「……あんたに言われたかねーよ」
「どうせ負けてきたんだろ。暴れたりねぇって顔、してやがる」
「あーあー!!どうせ負けたよ!情けねぇってあんたも思ってんだろ!」

怒鳴ると傷に大変障るのだけれど、この部屋にいると不思議なことにどんどんと傷がふさがってゆく。さっきまで流れていた血ももう止まって、新しい細胞が傷の隙間を埋めてゆくのがよくわかった。元気になっていくと落ち込み方も元気になるようで、御手杵は「三名槍の名が廃る!」だとか「次こそはあの雑魚どもに痛い目みしてやる!」だとか、そんなことをわめきはじめた。同田貫は「今度はうるせぇやつだなあ」とあきれた顔をしながら、「まぁそんだけ元気ならすぐ出られんだろ」と、自分は布団にくるまった。

「暴れたりねぇ……そうだ、暴れたりねぇ……」

冷えていた血がやっと沸き立ってきたのが、御手杵にはよくわかった。自分は戦場を求めていた。そしてここには望んだ戦場がある。それなのに力が足りない。それは御手杵には恥ずべきことのように思えたし、弱いまんまじゃ戦場に出してもらえないのだということもなんとなくわかっていた。だから自分の無力がただただ憎らしかった。

「おいあんた、たしか第一部隊だったよな?」
「……まぁ、日によるが」
「練度高いんだろ?」
「あんたよりは相当高いだろうな」
「ここ出たらすぐ手合わせしてくれ!たのむ!」

御手杵がそう言うと、同田貫はすぐに「断る」と言った。御手杵は自分の要求が跳ねのけられるということを考えていなかったので、思わず「えっ」と声を出した。同田貫はすかさずそれを見て、「ほら、そういうとこだ」と言った。

「自分の要求が受け入れられるもんだと思ってやがったろ。そういうとこが気に入らねぇ」
「……え、だって頼んだら普通受けてくれるもんだろ……?」
「ハッ!世の中そんなに甘かねーンだよ。このお坊ちゃんが。天下三名槍だか東のなんちゃらだかしらねぇが、ここじゃそんな肩書は意味がねぇ、強いか弱いか、だ。テメーは弱い。なんで俺がわざわざあんたに付き合わなきゃいけねンだ。俺になんの利があんだ」
「それは……」
「黙ってテメーは槍らしく槍と戯れてろ」

そうとだけ言い残すと、同田貫は手入れが終わったらしく、さらりと包帯を取り、部屋から出て行ってしまった。残された御手杵ははじめてこんなに強く他人に当たられた、と、少し茫然として、傷がふさがってゆくのをじっと見つめていた。それはじれったいほどゆっくりで、ほんとうはたった二十分の出来事なのに、ずっとずっと長く感じられた。


END

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