本丸 | ナノ

episode 1
いつかどこかの本丸で



御手杵がこの本丸へやってきたのは、すこし眠たくなるような春の昼下がりだった。戦場での出会いではなくって、鍛刀で、だ。付喪神として生を受けた御手杵がはじめに思ったのは、「なんだか昼寝したいな、」だった。

御手杵が顕現した本丸に新しい刀(槍ではあるが)がくるのは久方ぶりのことだったようで、近侍らしき訛りの強い刀(もちろん人のかたちをしている)が、少し驚いた顔で「おお、まっこと立派な槍じゃ!」と言って、御手杵を歓迎した。御手杵の顕現は瞬く間に本丸中に通達されて、いろんな刀が東の御手杵を一目見ようとぞろぞろと集まってきた。御手杵は人の身体を得てまだまもないので、身体の使い方がいまひとつわからず、差し出される手にどう反応していいか、わからなかった。

はじめて人の身体を得たといっても、赤子同然では話にならないが、そこのところはうまくできているらしい。御手杵は誰に教えられずとも歩くことができたし、少ししたら握手を求められていたのだともわかった。準備体操でもしたらすぐにでも戦に出られるような、そんな心地がした。この柔らかな皮膚の下には血潮が流れ、それが力になってみなぎってくる。「よし」と呟いた瞬間、強か、鴨居に頭を打ち付けた。

「なにをしている」

御手杵が頭をおさえてうずくまっていると、近侍の仕事のある陸奥守にかわって本丸の案内をしていたへし切長谷部が御手杵を見下げてきた。御手杵は生まれてはじめて感じる痛みという感覚に、目の前に星の散る思いがして、ぎゅうっと目をつむった。

「お前のような背の高い奴はよくよく気を付けることだ。蜻蛉切も来た頃は慣れるまでに随分こぶをつくったようだからな」
「へぁ、蜻蛉切、いるんだ」

長谷部はうずくまったままの御手杵に手も貸さずに答える。

「この本丸にいないのは登録されている刀からすれば、次郎太刀と小狐丸、鶯丸くらいだな。あとは近頃になって政府に登録された虎徹二振りか。なんにせよ、お前は随分来るのが遅かった」
「遅かったらなんかあんのか?」

御手杵は自力でどうにか立ち上がると、素朴な疑問を口にした。じっさい気になったのだ。

「特にないが、練度が他の者に比べて低いということを自覚するように。といっても、この本丸では第一部隊と第二部隊以外の刀の練度は少々低いが…」
「へえ、ここで一番強いやつってどいつだ」
「ぶしつけな奴だな。練度的には…太郎太刀か、たしか」
「ふうん…」

長谷部はそら、と廊下にかけてある名札どもを指さした。

「ちょうど、そこにある第一部隊に名を連ねている刀は総じて練度が高い。戦場での戦い方から何から暇な時にでも教わるといいだろう。第二部隊もまたしかりだ」

御手杵は木の板に墨で文字の書いてあるのをじっと見たが、なんにも読めやしない。長谷部に「なあ、読めねぇんだけど」と言うと、長谷部が苦虫をかみつぶしたような顔になって、「そういえばそうだったな」と。どうやら最低限のことはつめこまれてからここに来るらしいのだけれど、教養についてはそれぞれの本丸にきてから養うものらしい。

そこへ、黒の戦装束に身を包んだ刀が不愛想な顔でやってきた。その刀を御手杵を一瞥だけすると、なんにも言わずに、第一部隊、と書かれた札の横に持っていた札をかけていった。長谷部にすら挨拶がない。御手杵が不思議そうに見ていると、その刀剣は「見せもんじゃねぇぞ」と、低く唸るような声を出した。

「なんだ、同田貫、復帰したのか」
「ああ、二度とあんな長時間手入れ部屋になんか篭るかよ」

同田貫と呼ばれた刀はそれだけ言うと、のしのしと勇ましい脚運びでその場をあとにした。御手杵はあまりいい気はしなかったが、「あいつも第一部隊なんだ?」と長谷部に尋ねる。長谷部は「そうだ」と答えた。

「この本丸では古株だろう。たしか太刀の中では一番はじめに来たはずだったが。そのあたりのことは俺もよく知らん」
「ふうん。不愛想なやつ」

色々と腑に落ちないところはあったが、どうせ同じ本丸で生活してゆくことになるのだ、そのうちまた話す機会もあるだろう、と、御手杵は思った。

そのあと御手杵は広間だの厨だの厠だの手入れ部屋だのを軽く案内され、「明日は朝一で函館に出陣だ」と言い渡され、最後に御手杵の部屋へと案内された。連れて来られた部屋は六畳ほどの広さで、少し狭いと感じたが、寝て起きるくらいには不自由はしなさそうだった。畳まれた布団と文机のみが置いてあり、ほかに入用のものがあれば都度申請すれば基本的には手に入るらしい。

長谷部が「夕餉には顔を出せよ」とだけ言い残していなくなったのを見るや、御手杵は畳まれた布団に背中を預けて、うとうととしだした。蜻蛉切の顔をまだ見ていなかったが、それよりなにより疲れが先に立った。はじめてのことだらけで気疲れしてしまったのかもしれない。鴨居にも幾度となく頭をぶつけた。春の日差しはもう陰って、夕刻にさしかかっていた。肌寒さを覚えたが、それよりなにより瞼が重くっていけない。


少し眠るだけだ。今まで眠ってきた時間に比べれば、それはそんなに、長くない。


END

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