It 's not far from today's dinner






※生理ネタ

















はじめは下腹部の鈍痛だった。レオナルドは近頃体調がよろしくない。頭がぼんやりするし、些細なことが気になって気になってしょうがなかった。はじめレオナルドは先日スティーブンに口に出すのは憚られるようなことをされたからだと思っていたが、どうにも違うらしい。下腹部の鈍痛が酷くなるあたりにそれは知れた。

「ひっ」

ライブラの事務所でレオナルドは唐突にそんな悲鳴を上げた。自分の身体の中から何かがどろりとこぼれだすのがわかったからだ。レオナルドの異変にそのとき事務所にいたクラウスとギルベルトが首を傾げる。当のレオナルドも首を傾げた。違和感は口に出すのは憚られる場所からだったので、レオナルドは「いや…えっと…」と言いよどんでから「トイレ行ってきます」とだけ告げてレストルームへ入る。そこで男物のパンツをずり下ろして、レオナルドは絶叫した。

レオナルドの絶叫はレストルームの外まで響いたらしく、驚いたクラウスが立ち上がり、ギルベルトがレストルームのドアをノックした。レオナルドは「血が」だとか「死ぬ」だとかわからないことばかりレストルームの向こうで叫んでおり、ギルベルトは「怪我ですか?病気ですか?」とレストルームのドア越しに問診をした。クラウスはレオナルドは心配だがめったなことでは婦人が入っているレストルームには近寄れないという風で、遠巻きにレオナルドの安否を気遣っているようだった。

「パンツにべったり血がっ…!」

レオナルドがやっとのことでそうギルベルトに伝えると、ギルベルトは他に腹痛の有無やショーツのどのあたりについていたかだとかを事細かにレオナルドに尋ねた。レオナルドはここ最近の体調不良についてギルベルトになんとか返答を返していく。そうするとギルベルトは至って冷静に「生理ですね」と。レオナルドははじめ自分はなんて重い病気にかかってしまったんだ、と絶望し不安に駆られたが、聞いたあとしばらくしてから「え?」と間抜けな声を上げた。そうしてから素っ頓狂な声で「せいり!?」とギルベルトが下した病名でもないそれを繰り返す。頭は混乱するばかりだ。学校の性教育の授業の中で女性にそういった現象が月に一回訪れることは知っていたがしかしレオナルドはまさか自分がそうなってしまうとは夢にも思ったことがなかったので軽くパニックになる。そうしてギルベルトに「俺死ぬんですか?」と的外れなことを尋ねて「死にません」と笑われてしまった。クラウスはまだ心配そうな顔で事の成り行きを見守っている。そんなクラウスにギルベルトは「大事ありません」と告げてやると、クラウスはやっとほっとしたような顔になって椅子に座りなおした。

「しかし困りましたね。私にも最低限の知識があるとはいえ完璧ではありませんし…いろいろと入用にもなってくるとは思うのですがどれがいいだとかそういう話はわかりませんし…」
「と、とりあえず俺死なないんですね?」
「死にません。そういうつくりになっているだけですので。ごくごく自然なことです」
「そうですか…」

レストルームのドア越しの会話というのはなかなかに間抜けなものだ。レオナルドは大丈夫とわかっても直視するのは怖いのかパンツから視線をうろうろと外していた。ギルベルトは仕方がないので、とK.Kに連絡を取る。レオナルドはトイレのドア越しに「ええレオナルド君が…月の…」という会話を聞いてかあっと赤面をした。なかなかに羞恥心を刺激される内容の会話だったものだから。

ギルベルトが連絡を取ってからほどなくしてK.Kがビニル袋や紙袋を提げてライブラの事務室に現れた。K.Kは少し面白がっているようで、「レオっちがおめでたいことになってるって聞いてー」だとか言っている。レオナルドは何がめでたいものかと思わなくはなかったけれどK.Kの協力なくしてはトイレの外に出られそうもなかったのでおとなしく指示に従った。K.Kが買ってきてくれたのは女性の生理用ショーツとナプキンだった。簡単なレクチャーを受けて、レオナルドはやっとトイレの外に出ることができた。ザップがこの場に居合わせなかったことだけがレオナルドにとっての救いである。

「今晩はご馳走食べないとね!」
「…うう…恥ずかしい…」
「恥ずかしがるこたないのよ!むしろおめでたいことなんだから!これでレオっちも一人前の女性になったってことで」
「なりたくないです」
「またそんなこと言ってー」

K.Kはブティックに出かけて女性らしい服を買おうだとか下着もいつまでもノーブラではいけないだとかそんなことをレオナルドに言った。レオナルドは「いや…お金ないですし…」だとか「そのうち戻るので…」とそれをやんわり断ってしまう。しかしK.Kはこの状況を心底楽しんでいるらしく、今度チェインも一緒に買い物に行こうという話で勝手に盛り上がってしまった。レオナルドはもう反論する気力も何も残っておらず、「じゃあ、落ち着いたら…」と曖昧な返事を返してしまう。K.Kは「忙しくなかったら今からでも買い物に行ってよかったんだけどねー」と名残惜しそうにしながら新たな任務へと向かっていった。どうやら仕事と仕事の合間を縫ってきてくれたらしい。

レオナルドは台風の目のようだったK.Kが去って静かになったライブラの事務室で、いかんともしがたい気まずさを感じた。ギルベルトはなんだか温かい目で「何か身体の温まるものでもお出ししましょうか?」と尋ねてくるし、クラウスは健全とはいえ女性の性のそれに触れてしまったことに罪悪感たっぷり、という顔をして気まずそうにしている。気遣ったらいいのか触れてはいけないのか判断がつかないのだろう。レオナルドはどうか触れないでくださいと言いたいがしかし腹痛が酷くていけない。ソファにうずくまったまま動けそうになかった。さっきまでの鈍痛とは打って変わって身体の中をがりがりと爪でひっかかれるような痛みがレオナルドを苛んでいた。何が辛くてこんな痛みを体感しなければならないのか本当にわからない。

レオナルドが心の闇に囚われはじめたあたりに仕事で出ていたスティーブン、ザップ、ツェッドがライブラの事務室へと帰ってきた。ザップが心なしか疲れた顔をしているのはご愛嬌だろう。三人は戻ってくるとまずなんだか不思議なことになっている事務所に雰囲気に首を傾げた。ギルベルトはことを大きくする気はないのか「どうかしましたか?」と首を傾げる。レオナルドにとってはそれが一番だと判断したのだろう。三人もすぐに「いや、別に…」という顔になった。違和感を感じたのはほんの一瞬だったらしい。しかしザップがなんとはなしに「なんか血なまぐさくねぇっすか」と。犬並みの嗅覚である。レオナルドはぎくりと身体を固め、それを見たスティーブンが「なんだ、怪我でもしてきたのか?」と。ツェッドも最近のレオナルドの状況を知らされてはいるので「チンピラにでも絡まれましたか?」と心配そうな顔になる。レオナルドはなんと答えていいかわからず「いや…大丈夫です…」と苦し紛れに答えた。

「腹でも刺されたか?」

ザップが目ざとくそんなことを言うので、レオナルドはやはり「いや…」ともごもごと応える。ザップははっきりしねーなーとレオナルドに全力で絡んでくる。そうして「なんだ?生理か?」と冗談交じりにそんなことを言うからいけない。レオナルドはかっと赤面し、ザップはそれを見て「まじかよ」という顔になる。まさか本当にそうだったとは微塵も思っていなかったらしいがしかしすぐに「まじで!?」と面白いおもちゃを見つけたような顔になる。スティーブンもツェッドも意外だったのかザップを止め切れずに目を見開いている。

「ぽんぽん痛いんでちかー?大変でちねー!」
「…」
「いやーそれにしてもすげー効果だなあの薬!生理までくるとか!完璧だなおい!」
「…」
「おーい!レオ?聞いてんのか?」
「聞いてないから返事してないんですよ」
「聞けよ!」
「前もこんなやりとりしましたけど聞く価値ないんですよ!」
「あるだろ!先輩のありがたーいお言葉だぞ!?」
「ありがたくもなんともねーよ!誰のせいでこうなったと思ってんだ!」
「俺のおかげだろ」
「少しは悪びれてください!」

レオナルドはそこまで叫んでから腹痛にまたうずくまった。それを見てツェッドが「ザップさん」とザップを諌める。ザップは「なんだよ」と興を削がれたような顔になってツェッドを睨んだ。

「紳士ではありませんよ」
「俺は別に紳士目指してるわけじゃねーからいいんだよ」
「見ていて不快です」
「勝手に不快になってろ俺は快適だ」

ツェッドはレオナルドの方に向かって兄弟子がすみません、と申し訳ない顔をした。顔といってもツェッドのそれは少々独特であるために表情が読みづらいのだがそれでも申し訳ないという雰囲気が漂ってくるあたり彼は紳士である。同じ師についていながらどうしてここまで差がついてしまったのかレオナルドにははなはだ疑問だった。ツェッドに対して「ザップさんにはもう慣れてますから」と返すと、ザップがまたなにか言おうとするが、それはスティーブンの「ザップ」という一声で諌められた。ザップはこないだスティーブンに氷漬けにされレオナルドへの謝罪を強要されたばかりであるからしてスティーブンに並々ならぬ恐怖心を抱いているようだった。肩をびくりと震わせて「なんでもないっす」と小さくなった。

氷漬けにしてレオナルドへの謝罪を強要した、といってもそれは上司としての立場からのもので、レオナルドとスティーブンが付き合っているという事実はまだライブラの面々には知らされていない。常識的に考えてもザップの行為は目に余るものがあったので全員が全員誰もザップの味方はしなかったし、スティーブンとレオナルドの関係についての勘ぐらなかった。しかしあれは見物だった、とレオナルドは思い出して胸のすく思いがした。ザップが半泣きになりながら「スターフェイズさんーレオにはちゃんと謝るんでーお願いしますよーもう勘弁してくださいよー」と懇願している情けない姿はビデオにでも録画しておけばよかった。

「うう…」

しかし胸がすいたのもつかの間、また酷い痛みが身体中を駆け巡る。腹痛につられて頭痛までしてくるし、吐き気は酷いしでレオナルドはもう満身創痍だった。女性というのは毎月こんなものを涼しい顔で堪えすごさなければならないのかと男だったレオナルドは思う。男性より女性の方が痛みに強いというのは日々のこうした鍛練からくるものらしい。

「少年、辛いなら今日はもう帰ってしまった方がいいかもしれない。ここのところはブラッドブリードの情報も入ってきていないし、まぁ構わないだろう。なんなら車で送ってやるぞ」
「いや…でも…」
「戦闘になったってそんな体調じゃ死ににいくようなもんだ。なぁクラウス。いいだろう?」

唐突に話を振られたクラウスは少し噎せてから、「まぁ、致し方あるまい」といつもより気弱にそう言った。お坊ちゃんというのはこういった性事情は苦手らしかった。らしいと言えばらしい。ギルベルトが落ち着いているのはやはり年の功か。ザップも少しは見習ってほしいものだ。レオナルドは自分のスクーターで帰ろうとも思ったが、こんな体調では気が散って交通事故を起こしかねない。かといって徒歩で帰るにはレオナルドの家は少し遠すぎた。しかたなくレオナルドは車で送ってくれるというスティーブンの申し出を受けることにする。

「なんか…すみません」
「構わないさ。ちょうど息抜きもしたかった頃だし」

二人はライブラの事務室を出るとそんな会話をした。スティーブンはこういう時の女性の扱いに慣れているのか、いつもよりゆったりと歩いてくれているようだった。その背中を眺めながら、レオナルドはこの人は本当にいつも自分に無体を強いてくる人と同一人物なのだろうか、と思った。車に乗るとそれはなおのことだった。運転をするスティーブンというのは妙に様になっている。運転も安定しており、乗り心地は最高だった。こんなハイスペックな人と成り行きとはいえ付き合ってしまっているのだなぁとレオナルドは不思議な気持ちになる。しかし大通りを抜けたあたりでスティーブンはあらぬ方向へとハンドルを切った。レオナルドの家とは反対方向だ。

「あれ、スティーブンさん、こっち俺の家の方向じゃない…」
「ああ、もとより君を家に送り返す気はさらさらないからね」
「えっ」
「このままホテルにいく。前も行っただろう。あそこだ」

あそこ、と言われて、レオナルドはそこでスティーブンに尽くされた数々の仕打ちを思い出し、かあっと赤面した。それを見てスティーブンは「なんだ少年、期待しているのかい」と。レオナルドはもちろん「違います!」と言った。

「安心してくれ。俺は生理中の女性を抱く趣味はない。あそこの部屋はずっととってあるって言っただろう。事務所から近いし、体調が治まるまではそこで養生するといい」
「で、でも着替えとか…」
「着替えなら買ってあるから安心してくれ。ちょうどいつまでもそんな恰好ではザップの馬鹿にも眼をつけられると思って勝手に選ばせてもらったところだったんだ」
「え」
「もちろん下着も買っておいたから心配するな」
「いやいやスティーブンさん…?ちょっとスティーブンさんが何言ってるのかわかんないんすけど…」
「まぁ恋人同士なんだし、プレゼントのひとつやふたつくらいあってもいいだろうってことで」
「そんなこといったって成り行きみたいなもんじゃないっすか…」

レオナルドが唇を尖らせると、スティーブンは「なんだ、少年だってまんざらじゃないと思っていたんだけれど」と意地悪なことを言った。たしかにスティーブンのような伊達男にここまで尽くされてまんざらにならない女性なんてほとんどいないだろう。しかしレオナルドは身体は今女性とはいえもとは男性なのだ。今日のことだってまだまだ困惑しているし、スティーブンにだって特別な感情を抱いているかというとそうではないような気がしてならなかった。一緒にいて楽しいだとか、ずっと一緒にいたいだとか、そういうことはあまり思わない。どちらかというと怖さの方が先だっていけない。こんなので本当に付き合っているといえるのだろうか、と思わなくはなかった。しかし付き合いでもしないとレオナルドは自分がただの変態に成り下がってしまうような気がして怖かった。あれだけよがってすがっておいて恋慕の欠片もありませんでしたーではザップのことをクズと呼べなくなってしまう。

ホテルに到着すると、スティーブンは後部座席からいくつかの紙袋を持ってレオナルドを部屋へと案内した。レオナルドは部屋へ到着すると、どっと体調不良が増した気がしてすぐにぼすん、とベッドに倒れこんでしまう。それを見たスティーブンが「大丈夫かい」とレオナルドを気遣うが、レオナルドはもう「大丈夫です」と返す気力も残っておらず、ただ嘘くさく「…はい」と応えることしかできなかった。

「こればっかりはなぁ…近くのドラッグストアで痛み止めでも買ってくるか」
「あ、痛み止めならK.Kさんに…酷くなったら飲みなさいって…」
「ああ、K.Kが来ていたのか。それでなんとかしのげていたと」
「そうなります」
「じゃあその痛み止めは飲んでおいた方がよさそうだ。顔が真っ白になっているぞ、少年」
「はい…」

レオナルドは荷物から痛み止めとおぼしきピンクのピルケースを取り出し、ベッドサイドのデカンタに手を伸ばそうとして、力尽きた。仕方がないのでスティーブンがデカンタからコップに水を注いでやる。レオナルドはどうにかそれを受け取って痛み止めを流し込むと、またベッドへと顔を埋めた。

「無防備なことこの上ないな」
「…仕方ないじゃないですか…」
「少年がそんなことだからザップにも目をつけられるんだ」
「…まだ根に持ってるんですね…」
「当たり前だろう。浮気はよろしくない」

しかしスティーブンはザップを氷漬けにしたことで多少の鬱憤は晴れているらしく、その言葉に棘はなかった。レオナルドはどうやら片はついたようだ、とほっとする。ほっとしたところで、スティーブンに頭を撫でられた。少し長くなった髪の毛が頬をくすぐる。

「どうしたんですか」
「いや、生理で苦しんでいる女性というのもなかなか乙なものだなぁと思って」
「こっちはもう死にそうなんですが…」
「生理で死ぬ女性は現代にはいないから安心してくれ」
「昔はいたんですか…」
「さぁ、そこらへんは適当だ」

スティーブンはいたずらっぽく笑って、レオナルドの髪を指で梳き始めた。スティーブンは人に触るのがうまい。ずっと触れていて欲しいと思えるくらいそれは心地がいい。レオナルドはその心地よさについうとうととしてしまった。痛み止めの副作用もあるのかもしれない。それから、こうしているとなんだか本当の恋人のようだとも思った。今までが異常だったのだ。スティーブンと二人っきりになっては身体だけ明け渡してしまっていた。たまにはこういうのも悪くない。そう思ってから、レオナルドは自分は何を思っているのだろうと赤面した。

「どうした少年、顔が赤いぞ」
「…なんでもないです」
「惚れ直したかい?」
「惚れ直すもなにも…いや、なんでもないです」

そう言いかけて、レオナルドは口を噤んだ。もとから惚れてなんかいない、と言おうとしたのだけれど、やめた。それを言ってしまったらなんだかもともこもないような気がしたものだから。ただレオナルドはスティーブンに頭を撫でられるのは好きだなぁと思った。スティーブンの大きな掌に包まれているとなんだか安心するのだ。今はただそれだけでいいとも思った。


END


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