きみが気づかなければいい、となりで息をして、ほんのすこしだけ名前を呼んで






※帝光時代




部活の終わりに黄瀬と紫原は二人になった。別段約束してそうしたわけじゃないし、約束したところでこの二人という組み合わせには絶対ならないだろうという組み合わせだった。黄瀬は青峰と帰る約束をしてたけれど青峰は部活をサボってしまって帰るどころの話ではなくなってしまっていたし、紫原は赤司と帰る約束をしていたけれど赤司は緑間や学校の先生と話があるからと言ってその約束を反故にしてしまった。ロッカールームで二人になってから一人一人で帰るのもなんだから、と二人は一緒に帰ることにしたのだ。別段一人で帰ってはいけないという約束はないのだけれど、一人でいることがなんとなくこわいのがこの年代だ。この二人で帰ってはいけないという約束もないのだから、かまわないだろう。

「今日は青峰っち練習に来なかったっスね」
「今日も、でしょ」
「まぁ、そうなんすけどー」
「気楽でいいよね」
「練習、サボったら次来づらくなるのに」
「峰ちんにはそういうのないんだよ」
「そうっスかねー」

二人はもう暗くなってきた帰り道、そんな他愛のない話をした。季節はもう梅雨が明けて夏にさしかかるところで、蒸し暑い空気が残照に照らされている。昨日まで長雨だったが、今日は晴れていた。ただ風が少しだけ強い。びゅうびゅうと吹いている。黄瀬の金髪がそれに流されて、巻き込まれるようにして紫原の長髪もばさばさと揺れていた。ばさばさと耳元で音がする。そのせいで黄瀬の声が少しだけ聞き取りづらい。紫原は長い髪の毛を邪魔そうにかきあげながら、黄瀬に「なんで峰ちんの話してるの」と言った。黄瀬はなんでもないことのように「他に話題もなかったから」と言った。それは本当だった。二人の間には驚くほと話題がない。紫原は前を向く黄瀬の顔をちらりと見た。びゅうびゅうと風が吹いている。黄瀬は「そういや青峰っちと1on1したのいつだったっけ」と少し感傷的に呟いた。紫原は「昨日じゃないの」と言った。昨日青峰は部活に来ていない。わかっていても、何かが紫原にそう言わせた。皮肉の意味もあったかもしれない。

「昨日青峰っち部活来てないっスよ」
「そうだっけ」
「そうっスよ」
「ふーん。どうでもいいよ、そんなこと」

二人の行く道をみんなで寄り道をするファミレスだとかコンビニだとかが通り過ぎていく。そんな場所に寄り道をする気にはなれなかった。黄瀬も紫原も別段相手のことを嫌っているわけではなかったけれど、二人だけでわいわいできるほど仲良くもなかった。そんなものだ。別段そうというわけではなく、特別そうというわけでもなく、ただ、言うなれば友達の友達的な付き合いだった。6人全員で仲良しこよしをしているわけではないのだ。紫原は赤司とつるむことが多かったし、黄瀬は黒子や青峰とつるむことが多かった。それも最近では希薄になり、誰かとしゃべっていても一緒にいてもなんだか一人のような気がしていけない。ひとりでいるのが怖くてそうしているくせに変な話だ。びゅうびゅうと風が吹いている。二人をどこか遠くへ吹き飛ばしてしまいそうな風だ。

「黄瀬ちん」
「なに」
「俺たちなんで一緒に帰ってるんだろうね」

紫原がそう言うと、黄瀬は一瞬変な顔になって、「そりゃあ、」と言いかけてから、「あれ」と間抜けな顔になった。

「なんでだっけ」
「ね、わかんないよね」
「わかんないっスね」
「わかった方がいいのかな」
「どうなんだろう」

びゅうびゅうと風が吹いた。二人の髪の毛を巻き込んで、耳元でばさばさと音を立てる。そして二人をどこかへ連れていこうとする。紫原はさっきしたように髪をかきあげた。黄瀬は「ぼさぼさになる」と言って、それを適当に耳にひっかける。雑音は少しだけおさまった。そうしてまた二人でいるのにここにいない青峰の話が始まる。黄瀬は嬉々としてそれを語り、紫原はうんざりともイライラともつかない心を抱えながらそれを聞いて、適当に返す。その繰り返しだ。そうしているうちに岐路が来て、二人は手を振ることになる。さようならの挨拶。仲良くもないから、さようならの挨拶だけはきっちりする。ばさばさと生ぬるい風がそれを「へんなの」と笑っている気がした。ひとりでいるのがこわいから二人で帰ったはずだったのに、二人はずっとひとりでいるようだった。

別れ際、紫原が「今度一緒に帰ろう」と言った。黄瀬は驚いた様子でそれを見た。びゅうびゅうと風が吹いて、黄瀬の顔を撫でていった。紫原も驚いて、少し茫然とした。その顔も風が撫でていく。生ぬるい風だ。黄瀬は「あ、」と何か言いよどんでから、「予定が合えば、」と言った。あたりさわりのないなんてことはない返しだった。紫原はしかしそれに少しほっとして、同時にざわざわと心がささくれるのも感じた。それを微塵も表に出さないで、紫原は「そうだね」と言った。予定が合えば二人はまた一緒に帰る。

「じゃあ、またっス」
「うん、また」

びゅうびゅうと風がうるさい中、二人は今度こそ本当に別れた。風が紫原の長髪を巻き込んで空へとのぼっていく。紫原はばさばさという雑音を聞きながら、どうして自分はあんな約束めいたことを言ったのだろうと思った。きっと約束したらひとりじゃなく二人になれると思ったからだろうか、と。そんなことは決してないって、わかっているはずなのに。


END


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