Fucking second in the world






朝目覚めてみたら、レオナルドは身体にとんでもない違和感を感じた。具体的に言うと、胸が微妙に重たくなっていて、朝になるとなんでかは知らないけれどいつも起立しているものが跡形もなく消え去っていた。レオナルドははじめこれは夢の続きだろうと思って二度寝を試みたのだけれど、二度寝ても三度寝てもその悪夢は醒めてくれそうになかった。これはいよいよ現実なんだな、と茫然として全裸になり、姿見の前に立ってみた。するとそこには昨日までのレオナルド・ウォッチは存在せず、ふっくらとまではいかないが、それなりに女性的なラインをした女性が立っていた。レオナルドはこれは本当に自分の姿なのだろうかと姿見を調べてみたが、しかしそれは単なる姿見だった。レオナルドは男性から女性に変貌を遂げていたのだ。

レオナルドはまじまじと女性の裸体を見たことはなかったが、これが男性のそれでないことくらいはすぐにわかる。申し訳程度だがそれなりに膨らんだ乳房も、ゆったりとした曲線を描く臀部も、何もない股間も、腕の細さから筋肉の頼りなさまですべてがすべて女性のものだった。かといって顔はいつものレオナルド・ウォッチだった。冴えない顔で、糸目で、ぼさぼさの癖っ毛をしている。これではなんにも興奮できない。女性としての魅力はほぼ皆無だった。しかしどうしたものか。レオナルドは混乱を極め、一周回って冷静になっていた。冷静になりすぎて、すぐにザップの顔が思い浮かんだくらいだ。こんな姿をザップにでも見られてみろ、ちんちくりんがさらにちんちくりんになりやがったと大爆笑されるのがオチである。しかし待てよ、とレオナルドは昨晩の記憶を手繰り寄せる。

昨晩レオナルドはザップの酒に付き合わされていた。レオナルドは酒は飲まないが、ザップは機嫌がよかったのか、がっぱがっぱと酒をあおり、べろんべろんになってレオナルドに絡んできたのだった。そのときに「めずらしい薬手に入ったんだよ」といって、小さなビニルにパックされた怪しげな粉末をレオナルドの眼前に突き出してきたのだ。そうして「これ飲むと天国見れるらしいぜ」といって、そのビニルをプチリと切ったのだ。そしてあろうことか自分で飲まず、まずは毒見だとレオナルドの鼻をつまんでそれを飲ませてしまったのだった。レオナルドは盛大に噎せかえり、粉末のほとんどを吐き出してしまった。ザップは「あーあ、もったいねー」と唇を尖らせたが、そんなのは知ったことか。レオナルドは怪しすぎる薬の効能について不安で不安でしょうがなかった。しょうがなかったのだけれど、一分待てども二分待てども、薬の効果は表れなかった。ザップはレオナルドの普段と変わらない様子を見て、「なんだデマかよ」と葉巻を吸って煙ををすぱーと吐き出した。レオナルドはそのときはほっとしたのだけれど、まさかまさかその効果が一晩経った今になってあらわれてくるなんて思いもよらない。

「あんのクソ野郎!!」

レオナルドは原因がどうやら昨日ザップに飲まされた薬らしいと思い至ると、姿見をバンと叩いて悪態を吐いた。このヘルサレムズ・ロットにおいては何が起きても不思議じゃない。例えば男が女に性転換する薬が出回っていたとしてもなんら不思議ではないのだ。何が天国だ、これじゃ地獄のはじまりじゃないか、とレオナルドは枕をベッドにたたきつけて鬱憤を晴らそうとしたが、晴れるどころかどんどん不安になってきた。この薬の効果はどれくらい効くのだろう。自分は男に戻れるのか。はたまた一生このままなのか。だとしたら惨めすぎる。先輩のお遊びのせいで人生が破綻しようとしている。そんなのってあんまりだ。レオナルドは半泣きになったがしかし、時間は待ってはくれないもので、バイトの時間がすぐそこまで迫ってきていた。いつものピザの配達だったが、ザップがいつも邪魔をするせいでクビ寸前まで追い込まれているのだ。

とりあえずいつものようにダボダボの恰好をしていればバレはしないだろう。胸のあたりにはきつく包帯を巻いて誤魔化せばいい。さすがにいつもより恰好はダボついて見えるが、顔はいつものレオナルド・ウォッチなのだから。これであの薬を全部飲んでいたらどうなっていたのだろう。考えるだけでも恐ろしい。レオナルドは背筋に悪寒を覚えつつ、仕方なしにだぼだぼの服のままバタバタと部屋を後にした。ここヘルサレムズ・ロットでは何が起きたって不思議じゃない。


レオナルドはなんとかバイトを終えると、いつものようにライブラの事務所に顔を出した。薬のことで相談がしたかったし、解決策を探さなければならなかったからだ。事務所には幸いザップの姿は見えず、それはレオナルドにとって好都合だった。ザップにバレる前になんとかしたかったものだから。

「お疲れ様です」
「ああ、少年、お疲れ様」

事務所にはいつものようにパソコンに向かってゲームをしているクラウスと、その横で紅茶をいれているギルベルト、そして書類を整理しているスティーブンがいた。騒ぎが大きくなりそうにない面子である。レオナルドがほっとした顔になると、スティーブンが「ん?少年、何かおかしくないか?」と首を傾げた。さすがの観察眼である。

「…それがですね…色々ありまして…相談とかいろいろしたいんですけど…」
「背が5センチは縮んでいるな。それから骨格がおかしい。まるで女性のようだ。筋肉の付き方も女性のそれだし、少年、もしかしてこの薬、飲んだんじゃないか?」
「え?」

この薬、と言ってスティーブンが取り出したのは昨夜ザップが持ち出したものと同じパッケージの粉末だった。レオナルドは咄嗟に「それです!そいつのせいで!っていうかザップさんが無理やり!!」と声を荒げてしまった。荒げてしまってから、レオナルドは「すみません」と謝る。スティーブンは「やっぱりこれか」と難しそうな顔になった。

「僕もとに戻れますよね!?大丈夫ですよね!?」
「うーん…飲んだ量にもよるんだが、まぁ効果はいつか切れる仕様になっているらしいから安心したまえ。少量であれば一か月もすればもとに戻れる…はず。この一袋で一年分だそうだから」
「え、一か月…!?」

突き付けられた数字にレオナルドは愕然としてしまった。一か月もこんなちんちくりんな身体のままなのか、と。しかし神様はレオナルドにショックを受け入れるだけの時間も与えてくれないようだ。エレベータの方からやたらにぎやかな靴音が聞こえてくる。まず間違いなくザップである。レオナルドがどうしようどうしようと戸惑っていると、スティーブンが溜息をついてから、「少年、こっちだ」と、レオナルドを別の出入り口から外へと逃がしてくれた。ついでに調べたいこともあるから、とスティーブンも外へと出てしまう。

レオナルドはほっとした顔になって、スティーブンに「ありがとうございます」と言った。その声が思いのほか高かったので、レオナルドは「えっ」と自分の声に驚いてしまった。スティーブンは「この薬は遅効性だから、まだまだ変化は終わっていないのかもしれないな」と興味深げにレオナルドを覗き込んでいる。レオナルドからしたらたまったものではない。これではまともに外を出歩けないではないか。レオナルドがあからさまに落ち込むと、スティーブンはからっと笑って、「まぁ人生いろいろあるさ。女性として生活してみるのも刺激的でいいんじゃないか?」なんて言ってくる。レオナルドはもう泣きたくなって、「他人事だからそんなことが言えるんですよ!」と言い返した。

「まぁまぁ、とりあえず落ち着こう。調べたいことがあると言ったろう?この薬の効力については結構未知数なところが多くてね。丁度いいサンプルも手に入ったことだし、この際じっくり調べてみたいんだ。協力してくれるだろう?少年」

スティーブン・A・スターフェイズという男は厄介である。何が厄介かというと、彼は大抵「イエス」か「はい」という回答しか受け付けてくれないところだ。レオナルドは全力で「ノー」と言いたかったが、彼の周囲が冷気をまといはじめているのを見て、降参した。いったいこれからどうなってしまうことやら。


END


とりあえず切ります。
スティーブンにレオナルドをあれやこれやしてほしい。

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