そこにはなにも






「少年、君には見えているんだろうか」

スティーブンはベッドの淵に腰かけて、レオナルドに向かってそう言った。言いながら、左手をひらひらと動かしてみせる。レオナルドはその手を見たが、なんのことかさっぱりわからず、首を傾げるばかりだった。まだ頭がうすぼんやりとしている。二人はさっきまでホテルのベッドにもぐりこんでいた。もぐりこんでいたといっても、ただ二人で午睡を楽しんでいたわけじゃない。むしろ目の覚めるようなことをしていた。終わった後は眠くなるアレだ。二人がそういう関係になったのは、もう随分前のことだったようにも、つい最近のことだったようにも思える。きっかけはスティーブンの深酒と傷心だった。スティーブンはあとになって、レオナルドに「あの時は誰でもよかったんだ。こんな俺を君は軽蔑するかい?」と言った。レオナルドは首を横に振った。レオナルドは誰も軽蔑しない。なぜなら自分を一番軽蔑しているから。誰にだってそういう日はあるし、そういう時はあるのだろうと思った。

レオナルドはまだ服を着ていなかったが、スティーブンはもうワイシャツを着て、スラックスに脚を通していた。ネクタイはしめていなかったが、それがまたけだるげで恰好がついている。スティーブンは何をさせても恰好がつくものだとレオナルドは思った。抱く女には事欠かないだろうスティーブンが、どうしていつまでも自分のようなちんちくりんな男にかまけているのか、レオナルドには正直わからなかった。さっきの質問といい、スティーブンの性癖といい、レオナルドにはわからないことだらけだった。スティーブンのことで知っていることなんて、名前くらいではないだろうかとレオナルドは思う。レオナルドがいつまでも首を傾げているものだから、スティーブンは左手をひらひらさせながら、「やっぱり見えないもんなのかな」と笑ってみせた。

「運命の赤い糸ってやつ」
「はぁ」
「ロマンチストだって少年は笑うかい?」
「いえ、意外でした」

スティーブンは恰好がいい。オフィスでコーヒーを飲む姿も、憂鬱そうにネクタイを絞め直すしぐさも、果てはベッドの中で見せる男じみた顔も、なにもかもが恰好のついたものだった。神様はこの男に恰好ばかりつけさせていったい何がしたいんだろうとレオナルドは常々思う。今のセリフだって、ザップが言ったらレオナルドは大爆笑していただろう。しかしスティーブンが言うと笑えない。運命の赤い糸なんて言って笑っているスティーブンの顔はどこかしら疲れていたからだ。溜息をつくように言葉は吐き出されていた。だからレオナルドはうっすらと目を開けて、じっとスティーブンの左手を視た。青い光彩がちかちかと光る。スティーブンはそうまでしてくれるとは思っていなかったらしく、「冗談だったんだけど」と苦笑いをした。

「あ、」
「え?」
「視えました」

レオナルドはそう言って、スティーブンの左手の小指を指した。スティーブンは幾分驚いた顔をして、レオナルドの青い瞳を見た。レオナルドはじっとだけそれを視たら、すぐにいつもの糸目に戻った。そうしてへらりとして、自分の小指に視線を移す。スティーブンはその目線だけで察したのか、ふは、と息の抜けるような笑いをこぼした。そうして「少年、君だったのか」と言った。レオナルドはへらりといつものように笑って、何も言わなかった。だって、スティーブンがあんまりにもかわいそうだったものだから。あんまりにも、くたびれていたものだから。


END


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