化け物でいるため
※帝光時代
赤司と黒子の間には会話があまり多くない。多くない会話でことが済んでしまう。お互いに必要なぶんだけ喋って、必要な分だけ言葉を返す。そうしてやりとりをしているうちに、二人の唇は重なって、また言葉が少なくなる。けれどいつからだろうか、黒子は赤司に言葉をかけると素手で殴っているような感覚を覚えるようになった。そして赤司から言葉が返されるたんびに、素手で殴られているような気がした。ごつん、ごつん、と二人はいつの間にかなぐり合っていた。言葉の暴力ではない。違うのだ。そういう簡単な悪意だとか、敵意だとか、そういうことじゃない。二人ともきっと泣きながらなぐり合っていた。赤司と黒子は分かり合えない。ただそれだけを分かり合うために、二人は拳を振りかざしていた。
「赤司君、君は間違っている」
いつだったか黒子は赤司にそう言った。黒子は素手で赤司を殴るように、そう言った。初めて赤司に敵意を持って言葉を投げつけた。けれど赤司は、今までは何度だってその拳を受けてきたにもかかわらず、それをするりとかわしてしまった。そうして、「僕は正しい」と答えた。赤司の見えない拳が、がつん、黒子の頬に当たったようだった。黒子は殴り返してやろうかと思ったけれど、きっとかわされてしまうのだと思った。それから、ここまでなのだとも思った。ここまで。二人の関係はきっとここまでだ。ここから先の道は分かたれているのだとわかった。だから黒子は「そうですか」とだけ返した。その言葉の拳が赤司に届いたのかは、黒子にはわからなかった。
不思議だった。黒子は一人になってから、自分の握った拳をじっとみつめていた。一言一言が、まるで握り固めた拳のようだった。悪意も敵意もなんにもなかった。それがあったのは最後の言葉だけだ。なのに、どうして。言葉は暴力になる。黒子はそのことをよく知っていた。けれど、そんなものを込めていた気はなかったのに。なのに拳には生々しく、赤司を殴った感触が残っている。自分たちはたしかに恋をしていたのだ。ただ隣にいることがうれしくて、言葉を交わすことが楽しくて、そうして、一緒にいたはずなのに。黒子は拳を何度か開いたり握ったりして、もう届くことがないだろうそれをじっと見つめた。すると自分の中に小さな獣がいることがわかった。この拳で赤司を殴りたいと思っている自分に気が付いた。ああ、と思った。自分もまた、言葉を話せない化け物だったのだと気が付いたから。
赤司と黒子は本当は言葉なんてものでは繋がっていなかったのだ。もっと深いところで繋がっていた。だから言葉を発するたんびに間違えて、すれ違って、気が付いたら離れ離れになってしまっていた。赤司も黒子ももう人間ではなくなってしまっていた。だから泣きながらなぐり合っていたのだ。泣きながら、分かり合えないとわかっていても分かり合おうとしていたのだ。けれどもうその拳が届かないところに赤司はいってしまった。化け物でいるために。
END