輝かない明日の約束
※京都修学旅行ねつ造の話
「どっか行きてーなー」
そう如月が言い出したのは修学旅行一日目の夜のことだった。同室は如月と守部だったが、守部は点呼が終わり、消灯時間を過ぎていたので早々に布団に入り、寝息を立てている。あたりは守部のせいでもう暗く消灯されており、如月と北城はケータイの明かりを頼りにふたりでこそこそとゲームをしているところだった。
「ゲーセンなら新京極にあったな」
北城もどこかへ出かけたいと思っていたのか、如月の言葉にそう返した。今日はほとんど移動日で、旅館についたあとの自由時間以外はとくにこれといった観光もしていなかった。お寺のひとつやふたつは回ったかもしれないが、そんなものを見たってなにが楽しいのか北城にも如月にもわからない。だからどこかへこっそり遊びに行こう、と、そういう話らしかった。
「真山とか見回りしてねーよな。先生たちの部屋まだ電気ついてる」
如月はひっそりと部屋の襖をあけて、少し向こうにある先生たちの部屋からこぼれている明かりを指した。北城は「見つかってもトイレだって言えばいいだろ」と、さっさとジャージのポケットに財布を突っ込んだ。制服に着替えてしまったらそれはそれで目立つだろうし、先生への言い訳もきかない。如月もジャージに上着を羽織り、上着のポケットに財布を突っ込む。修学旅行ということで親がお小遣いを奮発してくれたのでそれはいい重さをしていた。ゲーセンで遊ぶにはもってこいな資金だ。
「酒でも飲んでんじゃねーか?」
北城がそう言うと、如月は「んなわけねーだろ」とすぐさまそれを否定する。随伴には如月の尊敬している向井もいる。それを思ってのことらしかった。修学旅行の最中に飲酒なんてするわけがないと思っているのだろう。
「まぁいいけど、とりあえず見つからないように抜け出すぞ」
北城と如月は抜き足差し足で見つからないように旅館を抜け出した。旅館は新京極という繁華街に隣接しており、新京極は10時を回ったこの時間帯でも人でにぎわっていた。学生の姿は見当たらなかったが、怖い警察の姿も見当たらなかった。12時前に引き上げれば補導にもつかまらないだろう。
二人は新京極の中ほどにあるそれなりの広さをしたゲームセンターに入った。北城が自由行動の時間に見つけたところだ。クレーンゲームやプリクラもあったが、二人はすぐにいつもやっている格闘ゲームのところに集まる。100円で3プレイまでできるやつだ。店内での対戦に設定して、とりあえず雑談を交えながら対戦を開始した。
「なんかこうしてると地元のゲーセンにいるみてぇ」
如月がそういうと、北城が「ゲーセンなんてどこでも同じだからな」と返した。北城はコンボを決めながら、「ここのゲーセン格闘ゲームの品ぞろえ悪いな」と愚痴を言った。たしかに、どちらかというと音ゲーやクレーンゲームなどコアなゲーマーが好むものよりは大衆向けのゲームが多かった。コアなゲーマーに類されるだろう北城は物足りない顔をして如月をフルボッコにしていく。如月は必死にゲーム内でやり返しているが、どうにも北城には敵わない。しばらくすると北城の画面には「You win」の表示が出た。如月の画面はお察しだ。それをあと二回ほど繰り返してから、二人はクレーンゲームの前に立つ。普段はこんなゲームはしないのだけれど、あまりめぼしいゲームが見当たらなかったのだ。
「たしかにここ、あんま面白いゲームないな」
「観光地のゲーセンだからな。大衆向けなんだろ」
「北城はコアなゲーム好きだしな。あ、サッカーゲームある」
「やるか?」
「いや、いい。わかんないやつだし」
「クレーンゲームの景品しょぼいな。ぬいぐるみとか女子が好きそう」
「あいつ喜ぶかな」
「…抜け出したのバレたら面倒そうだけどな」
如月はクレーンゲームに500円を入れた。そうして、慣れた手つきでクレーンを操作してゆく。北城はその様子をポケットに両手を突っ込んで見ていた。結局如月はそのゲームに1000円をつぎ込み、やっとこさ景品を手に入れた。少し大きな犬のぬいぐるみだ。幼馴染にあげるつもりらしい。こういうゲームは景品が目当てというよりはものを獲得する過程を楽しむもので、如月もその景品にはたいした愛着を持っていないようだった。そのあと二人は慣れた音ゲーやソーシャルゲームのアーケード版をやったりした。そうしているうちに時間が過ぎて、12時近くになる。旅館の施錠は調べたら1時だったが、そろそろ警備員が巡回を始める時間だ。多くの店にシャッターが下りて、ゲームセンターも閉店間近なのか人が少なくなっている。その様子を見て如月が「そろそろ帰るか」と言った。北城はやっていた音ゲーがひと段落してから「ああ」とそれに同意する。
ゲームセンターと旅館は少しばかり離れていた。その間に横たわる道を歩きながら、二人はその寒さに少し身震いした。季節は秋で、夜になればそれなりに冷え込む。二人とも上着は着ていたが、やはり寒いものは寒いらしい。白い息を吐きながら、二人は「寒いな」と口々に言い合った。それから、少し旅情のようなものを感じた。あたりは街灯があるがわりに暗くて、少しだけ星が見える。寒さが心細さになって、悪いことをしているという少しの罪悪感をちくりちくりと刺した。二人は悪いことをしている。修学旅行中に抜け出して、ゲームセンターへ行っただけだったが、高校生にしてみたらなかなかの大罪だ。真山や守部にバレたら面倒なこと必至な程度には悪いことだった。その罪悪感は少しの連帯感となって二人の間を埋めていた。もとよりたいして間が開いていたわけではなかったけれど、小さな隙間にとぷとぷと水が入り込むように、それはそうなっていった。今二人の間には少しの隙間もないようだった。それが少しだけ不思議だ。人は悪いことをすると共犯者とやたら仲良くなる。そういうものだ。
「なぁ北城」
「んだよ」
「明日も守部が寝たらゲーセン行こうぜ」
「金残ってたらな」
「残しとけよ」
「なんで命令すんだ」
「いいだろ、別に」
「真山に見つからなかったらな」
二人はそう言ってから、くすくすと笑った。旅館の入り口で真山が額に青筋を浮かべて立っているのも知らないで。
END