愛してるってのは手をつなぐよりも簡単なんだって
※岩泉→モブ女の表現あります。モブ女が出てきます。
君、見る目ないよ。俺は告白してきた女の子に向かってそう言いたくなった。俺は岩ちゃんの視線の先になんとなくその子がいることを知っていた。俺よりもっと良物件がいるのにわざわざ嘘つきでプライドばっかり高くて誰にでもいい顔してるみょうちきりんな男になびく女の子の頭の中がうまく理解できない。お花畑でも広がっているのだろうか。彼女の脳内で俺はきっととんでもなく美化されているのだろうと思う。けれどそういう女の子が俺は別に嫌いじゃない。少しの矛盾がそこには存在している。この女の子は俺が世界でたぶん二番目くらいに大事にしたい相手だ。二番目はたくさんいるからしょうがない。二番目でいいなら付き合ってもいいのだけれど、そうは問屋がおろさないのが世の常だ。俺は女の子にきゃあきゃあ騒がれるのが大好きだ。大好きで、そうなるようにふるまっている。けれどそういう女の子は好きじゃない。好きじゃないというと語弊がある。どうでもいいのかもしれない。それでもまだ語弊がある。女の子にきゃあきゃあ騒いでほしい気持ちとは違うところに、岩ちゃんの存在がある。俺は男に恋をしている。男が好きだ。女の子とはまた別のベクトルで。そのベクトルは逆方向を向いているわけじゃない。女の子ももちろん好きだ。けれでキスしたいとか、手を繋ぎたいとか、触りたいとか、セックスしたいとか思う相手は男だった。男の中でも岩ちゃんだけだった。岩ちゃんは俺の中で別の世界に存在している。それはずっと近くにあるようで、ずっと遠くにあるような、そんな世界だ。とにかく、俺はとりあえずこの子の告白を受けるわけにはいかない。岩ちゃんの想い人なんかと付き合うわけには世界がひっくりかえってもあってはならない。だから俺はやんわりと、「君に俺はもったいないよ」と言った。嘘じゃない。岩ちゃんがいるじゃないかって意味。岩ちゃんは俺よりずっと良物件だ。一途で、真面目で、勉強もスポーツもできて、人徳もある。俺みたいなちゃらんぽらんな奴よりずっといい。この子と岩ちゃんの間にどれくらいのつながりがあるのかはわからないけれど、俺はできることなら岩ちゃんをおすすめするよ。そしてできれば二人で幸せになって。俺なんか放っておいて、どこか遠くの世界で。
女の子は相当ショックそうな顔をしていた。よく見るととてもかわいらしい子だった。髪の毛は黒くてまっすぐで、肌はきめ細やかに整えられていた。伏せた瞼も計算されているんじゃないかっていうくらい完璧な角度で、そこにたたえられている涙の量も適量だった。こういう子はきっと自分がかわいいってことを知り尽くしている。岩ちゃんは見る目が少しない。こういう子は平気でうそをつく。俺を好きだっていうのもちょっとした嘘が混ざっているのかもしれないなぁと思った。俺と同じ部類の人間だ。自分をよく知っている。知ったうえで、それを武器にできる人間だ。岩ちゃんは見る目がない。俺は極力申し訳なさそうな顔をして、「今はバレーに集中したいから」と付け加えた。そのときに女の子の瞳からすうっと完璧なタイミングで涙がこぼれた。きれいだけど、汚い涙だと思った。ほんとうの涙はそんなにきらきら光っていやしないし、透明でもない。もっとずっといろんな感情が混ざっていて、もっとずっとぐちゃぐちゃしている。すうって音がしそうな涙は、嘘の涙だ。そんな涙を、自分はどれくらい流してきたかなって、少しだけ考えた。そのときにはいっつも岩ちゃんがいたような、そんな気がする。けれど俺はすうって音がでるような涙だって流せる。嘘の涙なんて、流すのは案外たやすいものなのだ。
俺は矛盾しているなあと、その女の子の泣く姿を見ながら思った。この子と岩ちゃんにくっついてほしい。けれど、こんな女の子には岩ちゃんにひっかかってほしくない。それならいっそ、とは思わない。俺と岩ちゃんは不釣合いだ。何よりも性別が。俺は岩ちゃんが好きだから、岩ちゃんに幸せになってほしい。誰でもいいから、さっさと幸せになってほしい。誰かと手を繋いで、誰かとキスをして、誰かとセックスをしていてほしい。そうでないとなんだかいやな感情が芽生えてきてしまう。自分の中で暗く凝っていて、どろっとしているものが、外に出ようとしてしまう。ちょうど今みたいに。俺は女の子に言いたくてたまらない。君、本当は全然悲しくなんかないんでしょって。その涙はプライドをちょっとばかし傷つけられた腹いせなんでしょって。言ってやって、それから、岩ちゃんにも、見る目ないよって、言いたい。でも言わない。言ったらいけないってちゃんとわかっている。俺は自分をわかっている。自分がどれくらいの大きさで、どれくらいの重さで、どんなことができて、どんなことができないかちゃんとわかっている。だから何も言わない。何にも言わないで、岩ちゃんに触りたいなあとか、岩ちゃんと手を繋ぎたいなあとか思いながら、同時に、どこか別の遠い世界で勝手に岩ちゃんが幸せになってくれることを願っている。そういう生き物だ。矛盾ばっかり抱えて、くらい目で岩ちゃんを見ている。とてもくらい目だって、わかっている。俺じゃない誰かの手で勝手に幸せになっていく岩ちゃんを、俺は別の世界からきっと見ている。俺と岩ちゃんは別の世界にいる。少なくとも、俺の中では。
女の子はもう泣くのに飽きたのか、「これからも友達でいてね」と言ってきた。ちょうどよく涙にかすれた声だった。俺はいつから君と友達になったかな、とか思いながら、「うん」と言った。この子はきっと岩ちゃんに恋はしないだろうなって、思いながら。そして、岩ちゃんに恋でもしないかなって、思いながら。
END