星は昨日どこにあっただろう
「昨日お前と心中する夢を見た」
そんなことを言ったのは東堂だった。部室で、他には荒北しかいなかったのだから、「お前」というのは荒北のことを指しているのだろう。荒北は「ハァ?」と首を傾げ、東堂を何か変なものを見るような目で見た。東堂はしんと静まり返った湖のような目をしていた。
「森の中だった。異国の森のような場所に、海のような湖があった。そこの近くには喫茶店もあって、なかなかに雰囲気のいいところだった。湖は岩場が多くて、その夢の中で、俺とお前は心中する夢を見ていた。だからこれは運命なのだろうと、二人で湖の中へ入っていったんだ。不思議と水は冷たくなかった。ただ流れていた。湖なのに。流れる水をかき分けて進んだ。手をつないで。そうして、俺とお前は心中した。不思議と苦しくはなかった。目覚めた時も悪夢にうなされたという感覚はなかった。綺麗な夢だった」
東堂は一息にそこまで語ると、口の端を持ち上げて、荒北の方を見た。荒北はバツが悪そうに目を逸らして、「だからなに?」と頭の後ろをガシガシと掻いた。
東堂の夢はきっと現実には起こりえないのだと荒北はちゃんとわかっていた。そんなのはあんまりにも綺麗すぎる。心中っていうのは苦しくなくっちゃいけない。苦しくて、苦しくて、それこそ死んでしまうほど苦しくなくては、二人の絆なんて確かめられない。それから、荒北は心中するほど東堂のことが好きなわけでもなかった。生きていたいと思う程度に、好きだった。東堂は死んでしまいたいほど、荒北のことが好きなのだろうか。荒北にはわからない。わからないけれど、流れる湖なんてこの世に存在しないし、そこに喫茶店なんてあるはずもなかった。荒北はパスポートも持っていなかったから、異国へはまだ行けない。二人はきっと明日も自転車を漕いでいる。それでいいじゃないかと荒北は思わなくはなかった。しかし東堂の瞳はずっと静かだった。それだけがなんだか怖い。
「荒北」
「なんだよ」
「オレと心中しないか」
荒北はむっつりと黙って、答えを考えた。東堂はいつもよりずっと静かだった。こわいくらい。湖のように、静かだった。それから、異国の森のようにさざめいていた。夢にのみこまれているような顔をしていた。荒北は考えて考えた末に、「あと80年したら考える」と言った。それまでは流れない湖にでも遊びに行こう、自転車に乗って。
END