好きなら好きで何か言って嫌いなら嫌いでそれでもいいから






「及川さんって、ベータですよね?」

そう首を傾げたのは国見だった。国見は及川が「俺アルファだよー」と吹聴していることに疑問を持ったらしかった。中学の時から及川はそうだ。ベータという診断を受けているのにふざけてアルファだと言っている。及川は国見の質問にもやはり「やだなぁ、アルファだよ。俺天才じゃん」と答えた。

「はぁ、まぁ、いいですけど。自主練もほどほどにしてくださいって、監督から伝言です」
「はいはい」

部活終わりの体育館だった。電気はついているがもう人影が少ない。そのほとんどは部活を切り上げて帰宅しようというところだったが、及川だけはまだ練習着のまま、サーブの練習にいそしんでいた。国見はそれだけ伝えると「じゃあ、俺帰ります」と言って、体育館を後にした。及川はそれにひらひらと手を振って、またルーティンに入る。

「おい」
「わっ」

声をかけてきたのは岩泉だった。岩泉は少し眉間に皺をこさえて、及川に「自主練ほどほどにしろって言われたばっかだろ」と。及川はへらりと笑って、「これで最後にするよ」と言った。気を取り直してルーティンに入り、ずばんと子気味良いサーブを決める。

「なんか勢いが足りない気がする」
「これでやめるんだろ」
「後味悪いの嫌いなんだ、俺」
「おい」
「まぁまぁ、ほどほどならいいんでしょ。ほどほどにしますよ、ほどほどにね」

及川はもうひとつボールをつかむと、またルーティンに入った。きゅっきゅっと床が鳴る。岩泉はため息をついて、腕組みをし、壁に寄り掛かった。こういう時の及川は満足するまで一歩も引かないとわかっていた。本当の本当にオーバーワークになったら止めに入るが、今はまだ大丈夫だろう。

「そうだお前、そろそろアルファって言うのヤメロ」
「んー?なんで?」
「鼻につくから」
「ひどい理由。いいじゃん、結局、アルファもベータも変わらないんだから。アルファだけ集めたって試合には勝てないよ。逆にベータだけのチームだって勝てる。そういうの、些細なことじゃない?アルファとかベータとかオメガとか、バレーには関係ないよ」
「少しは関係あると思ってるからアルファだって言いふらしてんじゃねーのかよ」
「…どうかな」

及川はまた一本、サーブを打った。それはライン際ぎりぎり、ボール半分ほどコートの外に着弾する。及川はため息をついて、もう一度ルーティンに入った。

「バカバカしいって思う?」
「思うな」
「でも俺にはやっぱり重要なことなんだ」
「関係ないって言ったやつのセリフとは思えねーな」
「そう。関係ないってことを、証明しなきゃいけない。アルファのやつらがコート上でもふんぞり返ってるのが、嫌なんだ。俺はやっぱベータだから、努力とか、そういうので才能を補ってかないと。でもね、ベータで生まれてきてよかったって思うこともあるよ」
「なんだ?」
「俺がアルファだったら、岩ちゃんとずっと一緒にいられない。岩ちゃんも、ベータだから」
「…」

及川のサーブが、今度はライン際にきっちりと収まった。及川も気が済んだらしい。ボールの片づけを始める。岩泉はむつかしい顔をして、壁に寄り掛かっていた。及川はボールを全部集め終わると、「さて、一緒に帰ろうか」と、いつもの読めない笑顔になった。岩泉は「ああ」とだけ返す。岩泉は、なんだか無性に腹が立って、とりあえず及川を一発蹴っておいた。アルファとかベータとかオメガとか、そういうのは関係がないだろう、と言わんばかりに。


END


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