皮膚の裏に縫い付けた狡さを






氷室が携帯電話を買い替えた。昨今ガラケーと総称されている機種からスマートフォンに買い替えたのだ。氷室は海外の知り合いとやり取りをする機会も多いのでそういった機種の方が使い勝手がいいらしい。高校では携帯電話の使用が禁止されているが、部活終わりのロッカールームでは教師がいないのでよくみんながケータイを開いて、メールやらSNSやらを確認していた。紫原もガラケーをパカリと開いて、なにもきていやしないとは思いながらも、それを確認した。氷室もスマホのスイッチを入れた。そのときに紫原ははじめて、氷室のケータイが変わっていることに気が付いたのだ。紫原はそういったものに興味を持っていたので、「どんなかんじ?」と氷室に尋ねた。氷室は学生という身分によって少しばかり分不相応という意識があるのか、苦笑いをしながら、「まだ慣れないけれど、ツイッターとかスカイプとかSNSを使うにはこっちの方が便利かな」と答えた。

「入力でカチカチしないのがなんだか…ナチュラルじゃないっていうか、うまく言えないけれど」
「アプリとかもう入れた?」
「うーん…どれがいいかわからなくて。便利すぎて困ってるよ」
「ふーん。俺も買い替えたいなー新しい方が絶対いい」
「アツシはなにかそういう必要があるのかい?」
「そういうわけじゃないけどさ、便利な方がいいじゃん。最近は買い替えるって言うともうスマホだし。やっぱ欲しいって思う」

紫原は「ちょっと貸してー」と氷室のスマホを手に取った。氷室はまだ見られて困るようなものも入っていないから、と、それを特別の配慮もせずに、紫原に手渡した。紫原はそれを指でなぞってみて、「タッチパネルすごいわー」とあまり感動したふうでもなくつぶやいていた。

「なんか近未来ってかんじ。もう今だけど。10年そこら前までは携帯もそんなに普及してなかったとか信じらんない。今じゃ小学生でもケータイ持ってるし、なんならスマホ持ってるし」
「そういえばそうだね。モバイルについては日本は先進的だけれど。俺はアメリカだったからな。アメリカでも、10年前はそんなにみんながみんな持っているってわけじゃなかったかもしれない」
「それがもうタッチパネルだし、あんまり実用性ないけど3Dだし。そのうち空中にディスプレイが表示されるようになるかもね。10年かそこらのうちに」

新しい技術というものはどんどん生み出されていた。毎年ケータイの新しい機種も発表されるし、PCにしてみたってそうだった。紫原の他愛もないような言葉に、氷室は適当に「そうなったら面白いけどね」と笑った。紫原は気になるところは見てしまったのか、「ありがと」とスマホを氷室に返した。

「10年後にはスマホとか時代遅れになってんのかな」

紫原はスポーツバッグに携帯を入れ、荷物をまとめながら少し遠いところにあるような話をした。10年後にもなれば紫原も氷室も社会人になっているだろう。まだ学生で、研究職を目指すかもしれない。10年あればなんでも変わってしまうような気がした。それこそ両手で持ち上げなければならないような電話機が掌の中に納まってしまうような、そんなもう思い出せなくなるような変化だ。氷室もスマホの画面を暗くして、「10年後か」とつぶやいた。部活で流した汗が乾いて、少し肌寒さを感じる頃だった。

「10年後にはどうなっているのかわからないけれど、このままの勢いでいけば、アプリケーションみたいに、才能がソフト化されて、店頭に並んでいるかもしれないな」

氷室は、なんにも考えていないように、そんなことを言った。紫原は、じりじりとバッグのジッパーをしめて、「うん」と適当に頷いた。頷いておいてから、しかし、「そんな便利になるはずないけどね」と、髪の隙間から呟いてやった。氷室もまた、うつむいたようになって、「まあ、そうだろうね」と、表情を髪の毛によって隠したようだった。紫原は「帰ろ」と言った。氷室はうんともすんとも言わないで、ポケットにスマートフォンを落とし込んだ。


END

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