才能と馬鹿の密会
菅原の体調不良で部室を追い出されるように後にした日向と影山は坂ノ下商店で買い食いをしていた。まだまだ夏には遠くて、少しばかり肌寒かったので二人して中華まんをほおばっている。少しのぼせたようになった頭を冷やすにはちょうどよかった。このまま家に帰っては何をしでかすかわからなかったものだから。
「いい匂いしたな」
なんとはなしにそう言ったのは日向だった。影山は一瞬なんのことかと思ったが、すぐに菅原の件だと思いいたる。しかし影山は妙な違和感も感じていた。あれは本当に菅原の匂いだったのだろうかと。しかしいい匂いには違いなかったので「そうだな」と適当に返した。オメガに性別はあんまり関係ない。オスだろうがメスだろうがアルファにとっては頭をぐらつかせる興奮作用をもたらす。日向はそういう意味で言ったのではないだろうけれど、影山は返事をしてからまずったと思った。これでは自分が菅原を性的な対象として認識したと認めているようなものだ。違わないのだけれど。たしかにアルファとオメガであれば男同士の番も珍しくないし、むしろオメガの男性はアルファの男性を番に選ぶことがほとんどだった。もちろん男女の組み合わせもめずらしくはない。じゃあ菅原もいつか他の男性と、と、そこまで考えてから、影山はかぶりを振った。
「お前、今までオメガの…ヒートに出くわしたことないのかよ」
「んーない、と思う。周りみんなベータだったし、中学だとまだヒートこない人ほとんどだろうし」
「まぁそうだよな。俺のとこもベータばっかだった」
「あれ、大王様とかはアルファじゃないの?」
「自称アルファだけど、岩泉さんがあいつはベータだって…言ってたような…」
「ふーん。けど烏野だとアルファもいるしオメガもいるし俺ら気を付けないとな」
「ん?何を?」
「まぁ、なんかを。アルファとオメガは番になれるじゃん。でもそれって一生もんでさ、アルファからは解消できるとか、なんつーの?イチジノキノマヨイとかでなんかあったら申し訳ないじゃん。さっきもなんとなくやばいなってなったし」
「あー…。でもあれ菅原さん、だったか?」
「菅原さん以外にオメガいなくね?」
「いや、そうなんだけど…」
影山はどうにも腑に落ちない、と襟足のあたりをかりかりと掻いている。日向はそんな影山に首を傾げて、中華まんの残りを頬張った。
「俺らアルファだからなんもないけど、オメガってほんと大変なんだよな。保健体育の授業とかでもすげー大変だなって思った。具体的に何が大変かとかはオメガじゃないからわかんないけど」
「まぁ俺らに比べたら大変だろ」
「菅原さんとか、なんつーの、本能で襲っちゃいましたーとか、洒落になんないから気ぃつけないと」
「…やなこと言うなよ」
「だって影山だってさっきやばかったろ」
「そりゃ…しょうがねーだろ」
「だからそういうしょうがないで済まされないことしないように気を付けようってこと!」
影山はぐうの音も出なくなって、「日向のくせに生意気だ!」と日向の小さな背中を小突いてやった。首の後ろにまだ違和感がある。なんだか変な気持ちだった。中華まん一つだとどうにも解決できないものがもやもやと頭の中にわだかまっている。多分これはヒートにあてられてとかそういうたぐいのものじゃない。じゃあなんなのだと考えようとしたときに、日向が「なあ、そろそろ帰ろうぜ」と帰り道の方をちょいと指さした。影山は「うるせーよ」と言いながら、仕方なしに、家路へとついた。
END