涙を仰げば、青






「日高さん、タンマツ買い替えるんですか?」

楠原は日高が手にしたタンマツのパンフレットを見て首を傾げた。日高は「うん」と応えて、自分の今使っているタンマツをポケットから取り出した。その画面には見事に蜘蛛の巣がはっており、楠原はうわ、と眉と目の間をおおきくした。

「ご愁傷様です」
「こないだ思いっきり落とした挙句に踏んづけて」
「ああ、落としただけでなく踏んづけちゃったんですか」

楠原はタンマツに興味があるのか、日高の手元を覗き込んだ。日高はいくつか目星をつけているのか、パンフレットのページをいくつか折っていた。

「指紋認証って恰好いいよな」
「はぁ…そうですか?僕のは指紋認証ですよ。五島さんが付き合っている人がいるならそれにすれば鉄壁だって言っていたので」
「えっ」
「浮気なんてしませんが」
「でも」
「僕にだって日高さんに見られたくないものはありますよ」
「俺が見ること前提なのはまぁいいとして、例えば?」
「内緒です」
「内緒…」
「ふふふ」

楠原はそういたずらっぽく笑って誤魔化した。


その時のことを日高は今でも覚えている。楠原の内緒には厳重に鍵がかけられていた。その秘密のつまった箱はしばらくすると日高の手元に届けられた。持ち主がいなくなってしまったものだから。しかし、日高の手元にきたとしても、その箱には厳重に鍵がかかっているのだ。楠原にしかあけられない箱だ。指紋認証でなくっても、画面を少しスライドさせればパスワードの入力画面に切り替わるのだけれど、日高はそのパスワードもわからなかった。楠原の誕生日も、隊員番号も試したがだめだった。日高はおおきな秘密を抱えてしまった。楠原の秘密は永遠の秘密になってしまったのだ。

日高はある日、ふと思いいたって、ずっと電源を入れていなかった楠原のタンマツに電源を入れた。そうして、痛々しい思いで指紋認証画面から、パスワード入力画面に切り替える。そうして、自分の誕生日を入力してみた。それは強いうぬぼれからくるものであって、もちろんダメもとでだった。ただ気が向いただけだった。あれから随分時間がたっている。今更どうしようということもなかったし、どうなるということもなかった。しかし、日高がパスワードを入力すると、カチリと音が鳴るようにして、ロックが開いた。楠原のタンマツの待ち受け画面は日高の間抜けな寝顔だった。涙が流れた。ただただ、とまらなかった。


END


ネタ提供はやなはです。

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