人生に堂々巡りの犠牲は付き物だ






道明寺が訓練中に足を捻った。捻って、それを放置したままなんの処置もせずに夜まで過ごしてしまったので、そこはとんでもなく腫れて、熱を持って、安眠を妨害するようだった。だから夜中に道明寺が部屋の救急箱をがさごそとしているところに、加茂が「どうした」と声をかけて、眉をしかめた。加茂は慣れた手つきでとにかく患部を冷やし、少しでも腫れを引かせようと布できつく巻いた。道明寺のその間、少しだけぼんやりとした顔でその様子を見ていた。道明寺の足を丁寧に扱う加茂の冷えた手を、うつむいたかんばせを、頬にかかる髪を、ぼんやりと視界に入れていた。

「もう少ししたら湿布貼るぞ。それから、明日は病院へ行った方がいいかもしれん。骨に異常はないだろうが、こういうのは癖になりやすいから」

加茂はついでだから、と道明寺の別の方の脚を丁寧にマッサージした。片足を庇って、少し疲弊していたものだから。加茂はいつだって道明寺に甘い。道明寺の面倒をみたがる。道明寺もそれをあえて拒むようなことはしなかった。黙って面倒を見てもらい、甘さを堪能している。けれど加茂は道明寺を時には厳しく叱ることもあった。まるで道明寺は加茂の子供のようだ。実際、二人の年齢はなかなかに離れていた。兄弟というには少し離れすぎていて、親子というには近すぎる。不思議な年の離れ方をしていた。

「昨日やったゲームがつまんなかった」
「…夜更かしをするからこういう怪我をするんだ」
「変にストーリーに凝ってて、あんまり内容が頭に入ってこなかったんだけどさ」
「なんのゲームだ?」
「んー中古で買った暇つぶし用。でも、そのゲームでひとつだけ覚えてるのがある。人はみんな誰かの代理人なんだって」
「…どこかで聞いたな」
「服を作るのにも、料理をするのにも時間がかかるから、代理人にそれをまかせる。政治も、選挙で代理人を選んで、小難しいことは全部やってもらう。そうやって、代理人はどんどん増えていく。俺も、加茂も、誰かも知らない人の代理人としてストレインを捕まえてる」
「古い小説か何かだった気がするけれど、俺はそういうのには疎いから。秋山か弁財ならわかるんじゃないか」
「原作知ったとこで、俺は文章読まないから、秋山か弁財に簡単に教えてもらう。秋山と弁財を代理人にして」

加茂の掌はうつ伏せになった道明寺の脚の関節を解し、固くなった筋肉をじっくりとやわらかくしていった。道明寺は組んだ腕に顎を載せて、白い壁を見つめている。映画のスクリーンのような壁だ。そこにいつか映画が映し出されるのだというふうに、そこをじっと見つめていた。

「今も俺は加茂に代理人させてる」
「…そうだな」
「じゃあ俺は誰の代理人なんだろうって思ったときに、加茂の顔が浮かんできた」
「俺の」
「そう、お前」

道明寺は映画のはじまることのない真っ白な壁を見つめたあとに、固いカーペットに額を押し付けた。加茂の手が止まる。


「俺は、お前にとって誰の代理人なわけ?」


END



寺山修二「さらば、映画よ」

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