みっともなく解けた静寂に





もうじき卒業式だった。荒北がいなくなる卒業式だ。黒田は自室のベッドに寝転がりながら卒業式までの日数を数えた。もう高校では卒業式の練習が行われていた。立ったり座ったり礼をしたりの練習と、校歌合唱の練習だ。黒田はそれをひときわ熱心に行うことはなかった。卒業式の練習は考えを巡らすための時間だった。その中で黒田は、こんなに練習してしまったら、本番で実感がわかないのではないかと思った。黒田の席からは荒北の背中がもちろん見えない。制服の波に溺れて、ただただ息苦しかった。黒田は今日の卒業式練習のことをそういうふうに思いだしながら、荒北とのことを思った。高校生からしたら卒業はただただ別れるばかりのイベントだ。荒北は離れた大学を志望している。受験真っ最中だ。部活を引退してからはらしくなく熱心に勉強をしていた。そのぶん黒田とのつながりは薄れたようだった。荒北と黒田はそれなりに長く付き合っていた。ちょうど一年ほどだ。卒業式を終えて一月で一年が経つ。けれど黒田は、メールも着信もない携帯を見つめて、その一年が訪れないことを悟っていた。卒業式できっと最後なのだと、わかっていた。

黒田の荒北に対する思いが、連絡の稀薄さに対して磨耗しているかというと、そうではなかった。今こうしてベッドに寝そべっているときも荒北からの連絡を待っている。けれど自分から連絡する気にはならなかった。荒北は二次試験を控えているのだ。黒田は日程を聞かされていないので、前期試験が終わったかどうか、後期でどこを志望しているのかもわからなかった。荒北はそういうことを黒田に言いたがらなかった。だから黒田も聞かなかった。荒北の中で黒田は受験とは関係ないところに置かれているらしかった。そうやって、どんどん遠いところへ追いやられることを、黒田は少なからず恐れていた。黒田はじんわりと瞼を落として、荒北のことを思い描いた。それから、荒北の肌のにおいだとか、髪の感触だとか、そういうことを考えた。そうしたら、スラックスがきつくなったので、背中を丸めて、目を閉じて、情けないことをしようとした。けれど、ほんとうに情けなくてたまらなくなってしまったので、それはやめにした。変わりに荒北の嫌いなところ、憎たらしいところ、許せないところをひとつひとつ丁寧に数えていった。黒田は卒業式の予行練習をしたのだ。この狭い部屋の中で。荒北と合わないところはいくらでもあった。沢山数えることができた。そのすべてをいとおしいと思ってしまう前に、嫌いだ、と呟いた。その言葉は天井で跳ね返って、黒田に降り注ぐようだった。


卒業式は練習のように終わった。練習と違ったのは、卒業生の親が在校生の後ろの席に座っていたことと、卒業生の何割かが静かに泣いたことだ。黒田は自転車競技部として荒北や他の三年生を送った。そのあと、家に帰ってから、荒北に「卒業おめでとうございます。さっきも言いましたけど」とメールをした。荒北はどう思ったのか、「ありがとよ」とだけ返してきた。それぎりだった。黒田はその日から春休み頭まで、荒北にその間は自分からメールしなかった。少ししたら、荒北から「大学合格した」とメールがきた。黒田は「おめでとうございます」とメールをした。やはりそれぎりだった。黒田はあっけないものだと思った。それからやはりベッドに寝転がって、二人の思い出のようなものをひとしきり思い出しては、破り捨てた。やはりあっけないものだと思った。「嫌いだ」と黒田は呟いた。部屋の片隅で。終わることなく終わったのだと、そう思った。


荒北から黒田が呼び出されたのは、ちょうど二人が付き合ってから一年の日だった。黒田ははじめ、荒北がきちんとこのことにかたをつけようとしているのだと思った。黒田はそのときにはもう、引っ越しをするように、色々と整理をつけていた。黒田のこころはこざっぱりとしていた。荒北と対面してもそれは変わらなかった。しかし、荒北は黒田に、鍵を手渡した。黒田が「なんの鍵ですか」と尋ねると、荒北は「オレの部屋の鍵に決まってんだろバァカ」と言った。荒北の住む場所はそれなりに離れているはずだった。しかし荒北はわざわざ鍵のスペアを作って、黒田に渡したのだった。黒田はそれをまじまじと見つめてから、「あんたのそういうところが嫌いです」と言った。それぎりだった。


END

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