それなら、それとも、それでも
※帝光時代
手紙を受け取った。自分宛てではない手紙だ。黄瀬はその手紙の「青峰くんへ」と書かれた可愛らしい宛名を見て、自分の心にどろりと冷たくて、気持ち悪いものが流れ込んでくるのがわかった。差出人は同じクラスの女子だった。「黄瀬君、青峰君と仲いいよね」と手渡されたのだ。黄瀬は普段もらうばかりの立場だったので、「ああ、うん」とあっけにとられたままそれを受け取ってしまったのだ。その女子はよろしくね、と気恥ずかしそうに黄瀬の前から立ち去った。黄瀬も普段あまり話さないタイプの女子だ。印象が薄い。目立って美人でもないし、スタイルがいいというわけでもなかった。大人し目なタイプで、彼女が青峰に気を寄せているなんて、いまいちピンとこない。宛名を見て、字が綺麗だとは思った。そうして、それだけだ、とも思った。
黄瀬は休み時間のトイレで、鏡にうつった自分の顔を眺めた。悪くないと思った。ナルシストだというわけではない。黄瀬は恰好いいと大多数の人にそう言われる。ラブレターも何通も受取ってきたし、何度も告白されたことがあった。黄瀬の周りにはいつも黄色い歓声があがっていたし、男子からも「黄瀬みたいな顔と体型に生まれたかった」と言われる。モデルの仕事だって、スカウトされてはじめたのだ。だから、黄瀬は自分というものにそれなりの自信を持っている。そんな整った顔の頬に手をあてながら、でも、男だ、と思った。ふと頭をよぎるのは青峰のことばかりだ。青峰はそこまで恰好がいいわけではない。色も黒いし肌はガサガサだ。ついでに、口が悪くて、乱暴で、子供じみている。バスケをしていない青峰はただの男子中学生だった。ちょっとばかし背の高い。なのに、そんな青峰へのラブレターを、黄瀬は預かった。青峰が顔も知らないだろう女子と付き合うとは思えなかったし、あの二人が付き合う様を、黄瀬は想像することができなかった。第一青峰はそんなことに興味がないと思っていた。けれど、心のどこかであの女子になりたいと思う自分もいた。自分だったら、もっと積極的に青峰に声をかけて、自分で直接手紙を渡すだろう。いやむしろ手紙なんて間接的な手段は使わずに、直接、青峰に思いを告げる。きっと、そうする。そう思うと、他人を使って、しかも間接的な手紙なんて手段で青峰とどうにかなろうとしている人物が、ひどく生意気で、身勝手で、怠惰なものに思えた。
放課後、黄瀬は丁寧にファイルに入れていた例の手紙を、こっそりとそのファイルから出して、誰にも見られないように、びりびりと破いて、ぐちゃぐちゃにして、トイレに流した。その一連の動作を、無感動、無感情、無表情で行った。そうしてから、その顔のまま、部活へと向かう。体育館に入ると、もう既に青峰がいて、遊ぶようにドリブルをついていた。黄瀬は、その姿を見て、恰好いいな、と思った。それから、何事もなかったかのように「青峰っち!1on1しようっス!」と笑って、声をかけた。
END