ロワゾブルーの桎梏






降旗は赤司を目の前に、なんだか落ち着いている自分を自覚していた。ウィンターカップが終わってから、降旗は赤司とたまに話すようになった。それははじめSNSを通したものだったが、その後直接東京で会うようになり、それから、赤司が東京にくる時には顔を合わせるようになったのだ。めぐり合わせというものは不思議なもので、赤司と降旗は波長が合っているのかなんなのか、一緒に居て苦痛というものをあまり感じなかった。降旗は赤司の欠けてしまった部分にとっぷりと流れ込むことができたし、赤司は降旗にない部分でもって降旗を感心させていた。そうして、気づけば何度も顔を合わせるようになっていて、降旗がはじめて、夏休みに京都へと出向いた。赤司の家に来たのだ。赤司の家はとんでもない豪邸で、とにかく広くて、降旗はすぐに泣きそうになったけれど、そこから現れた赤司はいたっていつもの赤司だった。だからちょっと敷居の高いお店に入ったのだ、という気持ちでどうにかこらえることができた。降旗が驚いたのは赤司の家の広さや大きさだけではなかった。赤司の部屋の娯楽の少なさだ。降旗の部屋には漫画やゲーム、雑誌やその他娯楽に関するものが雑多に置かれていたが、赤司の部屋にはそういったものが一切なく、少しのバスケ用品と、難しそうな本と、高そうな足つきの将棋盤だけが置いてあった。リビングにはチェスボードと囲碁盤もあるらしい。

「将棋って、俺、小学生のときにちょっとだけ親に習ったくらいかな。ルールももう曖昧」
「そう。奥が深くていいよ、将棋は。誘っておいて、なんの娯楽もない場所ですまないな。将棋でも教えようか?興味がなければ、仕方がないけど」
「興味なくはない、かな。将棋、赤司が好きなんだろ。だったら、一回覚えちゃえばネットで対戦、とかもできるじゃん。それになんか将棋強いってちょっと渋くて恰好いいかも」
「光樹はなんだか不純だね。けれど、まぁ、そんなものかな」
「まぁ、うん、なんか、ごめん」
「かまわないよ。共通の趣味を持つというのも楽しいかもしれない。バスケは趣味ではないしね」

赤司はそう言うと、将棋盤を持ち出し、そこへ駒を並べはじめた。そうして、簡単にルールのおさらいをして、自分の駒を八枚落とした。

「光樹とでは、八枚落ちで勝負した方が、まぁそれなりになるだろう」

八枚落ちというのは角、飛車、両銀桂香の駒をゲームから取り除いて行う将棋のことだ。実力の差を考慮したハンデである。

「飛車もいらないの?」
「光樹は飛車が好きなのかい?」
「うん、まぁ。なんか、鳥みたいで、自由だなって。動かしやすいし」
「そう。けれど飛車が入っては、そう長く闘えないと思うから」
「やっぱ俺負ける前提なんだ…」
「すまない。将棋では負けたことがないんだ」
「いや、いいんだけどさ」

駒を落とした方が先手、というルールがあるので、赤司の方から駒を進めることとなった。赤司はまるではじめからそうすべき、ということがわかっているように駒を進めていく。対して降旗はどこをどう攻めたらいいのか、と戸惑いながら一手一手、たどたどしく手を進めた。赤司は途中解説も入れながら、それなりにわかりやすく降旗に将棋を教えた。

「あ、飛車が、逃げられない…」
「そうだね」
「飛車も桂馬みたいに駒の上飛べたら…」
「そうなったら、もう飛車が一番強い駒になってしまうよ」
「まぁ、そうなんだけど…」
「鳥というものは閉じ込められるものと相場が決まっているから」
「…そうなの?」
「幸せの青い鳥、という童話があるだろう」

赤司はそう言いながら、降旗の飛車をと金で取ってしまった。それを手のひらで弄びながら、「チルチルとミチルという兄妹の話だ」と言った。降旗は幼稚園の頃それを演劇でやったような記憶があったけれど、「そういえば、どういう話だったっけ」と首をかしげる。

「童話だよ。クリスマスイヴの夜に、二人のもとに老婆が訪れる。老婆は病気の娘のために、二人に青い鳥を捕まえてきてくれと頼むんだ。そうして二人はいろんな国を旅する。その国々で青い鳥を何度も捕まえるのだけれど、青い鳥はその国を出た瞬間に黒く変色してしまったり、死んでしまったりする。捕まえても捕まえても、うまくいかない。けれど、二人が旅から戻って、自分たちの部屋に置いてあった鳥かごを見ると、そこには青い鳥がいるんだ。もとはなんてことない普通の鳥だったのに。それで二人はその青い鳥を老婆に渡して、老婆の娘は元気になった。めでたしめでたし」
「あ、思い出した。幸せは案外近くにあるもんだっていう…」
「そう。そして、その幸せは他人のために使うことによってよりおおきなものへと昇華される」
「なんか、懐かしいな」
「そうかい?残酷な話だと、思ったものだけれど」
「どうして」
「幸せはずっと、檻の中に閉じ込められていたんだよ。そして、その幸せのためにたくさんの幸せが犠牲になった。そして、二人には幸せはもう戻らない」
「…なんか、そう言われるとあれなんだけど…」

降旗は困ったような顔をして、パチリ、と将棋の駒を進めた。とりあえず、何か進めなければいけない、というような手だった。そこへ、赤司は先ほど降旗から取り上げた飛車を、玉の正面へパチリと鳴らした。

「あ、」

それで、降旗は詰みだった。


「奪い取った幸せは、きっと、こういう風にして誰かに帰ってゆくのだろうね」


END


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