僕に依る一秒と君に縒る永遠






灼熱のインターハイが終わって、荒北は灰になったような気分だった。もとから持っていたものを全て失ったわけではなかった。けれど、求めていたものは手に入らなかった。それだけのことなのに、墨を飲んだ気持ちになった。そうして、あれよあれよという間に進路指導が本格化して、周囲の学生は赤本を持ち歩くようになった。福富も同じで、くやしさを紛らわすためなのかなんなのか、とにかく勉強に切り替えをしているようだった。荒北も、部活を引退してしまったらもうなにもすることがなくなってしまったので、真面目ぶって勉強というものをしはじめた。もとから論理的な物理だとか数学だとかそういった教科の成績は悪くなかった。勉強が嫌いかというとそうでもなかった。いまどき大学に行かないという選択肢もなかなか選べなかったし、まだ自転車をやりたいという気持ちが強かった。進路指導のプリントには自転車競技部が強い大学の名前を書いた。福富ももちろんそこを書くと思っていたのだけれど、福富の志望はそことは違っていた。新開と福富の志望は同じだった。そこになんだか大きな亀裂を感じたのは事実だ。荒北は福富と二人になったときに、「なんで洋南大なわけ」と聞いた。福富は「自転車競技部の名門だからだ」とだけ答えた。福富は荒北に「何故明早大学なんだ」とは聞かなかった。福富のアシストを約二年やってきたが、しかし、福富は荒北をあまり必要としているふうではなかった。荒北はここで志望を変えたら、なんだか変な気持をずるずると引きずってしまうような気がして、怖くなった。その怖い気持ちを抱えたまま、結局、卒業式を迎えた。

「福チャン、次会う時はライバルなんだなァ」
「そうだな」
「いつかさァ、福チャン、思うぜ。ここで荒北が引いてくれたらってヨ」
「…そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。オレは、今日までお前に言わずに怖いと思っていたことがある」
「ナニソレ、福チャンに怖いもんとかあるわけ?」
「…オレはお前の志望を聞いて、落胆をしたが、同時に、安堵もした」
「どういう意味」
「お前と共に闘うことがないと落胆をし、同時に、お前と闘うことができるということに喜びを覚えた。しかし、お前はオレと闘う道をあまり望んではいないように見えた。オレはこれを伝えるべきか、伝えるべきでないか、悩んだ。そうして、臆病風に吹かれているうちに、今日になった。もう後戻りのできないところまで」

受験する大学はもう決まってしまっていた。卒業式が終わってから受験をする大学もあるし、もう受験は終わって、合否発表を待つばかりの大学もある。とにかく、この時点まできてしまえば、もう後戻りができないということは明白だった。荒北は「そっかァ」と白い息を吐いた。マフラーに口を埋めるようにうつむいて、「福チャン」と言った。

「オレも、言わなかった。志望、変えようかと思った」
「…そうか」
「でも、変えなかった。まぁ、そういうことなんでショ」
「そういうことなのだろうな」

荒北は自分に自転車というものを与えてくれた男に、「アリガトヨ」と言って、すぐに踵を返した。福富も「礼などいらん」と言って、踵を返した。荒北は鼻をすすった。涙が出た。こわいくらい涙が出た。福富は神様だ。荒北にとっての神様だ。その男と離れることは、とても恐ろしかった。全てまた失ってしまうような心地がした。けれど、手放したものなんて、ひとつもなかった。ただ、手に入れられなかっただけなのだ。


END

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「見えない臓器の名前は」
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