キスもセックスも出来るけど





※ウィンターカップ前



桃井はひとつ、頼まれごとをされてしまった。今日部活を休んだ青峰に近々行われるバスケ部合宿の案内等を届けるというものだ。マネージャーとしての仕事ではなかったが、桃井と青峰の家が近いということで頼まれたのだ。桃井はとくに断る理由もなかったので部活終わりに帰りしな青峰の家に寄ろうと思っていた。青峰にメールでその旨を伝えても返信は帰ってこなかったが、多少遅い時間であるために家には帰っているだろうと桃井は考えていた。青峰がバスケ以外で時間をつぶす姿をうまく想像できなかったということもある。

桃井は薄暗くなってきた帰り道、ふと、少し夢想をした。青峰も桃井ももう高校一年生だった。昔とは違うのだ、と、桃井は思った。昔のように純粋に絡み合うということがだんだんとできなくなってきたような気がする。それはなんだかとても大変なことのように思われた。メールを送る文面にもなんとはなしに気を遣うようになったし、呼び名にしたって、気軽に「大ちゃん」と呼ぶようなことはできなくなっていた。それは羞恥からというより、自分たちの関係性がとても特殊な時期にさしかかっているからだと少なくとも桃井は考えている。年齢というものは怖いものだ。重ねるたんびになにかどうしようもなく大きな力でもって自分が変えられていく。桃井は、たしかに、青峰の横にいる自分を想像することができた。それはもちろん友情だとか友愛だとかそういうものからくる想像ではなかった。わずかながらに異性として青峰を見ていることからくる夢想だった。男だとか女だとかそういうのは関係ないと思えるほど桃井は子供ではなかったし、思考に欠けるところがあるわけでもなかった。青峰の家にこれから行くとして、もしも青峰の家に青峰以外がいなかったら、青峰の部屋に通されたら、それはとても恐ろしいことだった。そう思うと急に青峰が恐ろしく感じられるのだ。桃井にとって青峰は大きな力を持った男だった。それはたしかに怖いことなのだけれど、しかし、同時にわずかながら期待されることでもあった。桃井は青峰に期待している。それはどこかあさましいものであったけれど、とにかく、青峰にそういうことを期待していたのだ。桃井にはどうしようもない力で何かをねじ伏せてほしかった。それは男女の間にしか存在しえない関係を結ぶことであり、友愛を恋慕に置き換えることであり、また、桃井から何かを働きかけることなしに行われなければいけなかった。桃井は想像できてしまうのだ、青峰の横にいる自分の姿が。そして、その夢想によって少なからず桃井の胸は高鳴った。バッグの中に閉じ込めた小さな理由によって、様々なことを夢想してしまうほどには、そうだった。

桃井が青峰の家のインターホンを押すと、果たして、青峰が出てきた。家には親がまだ帰ってきていないらしく、青峰のけだるげな姿以外はしんと静まっていた。桃井はそのことに関して何かを尋ねるのは不自然かと思い、ただ、「メール見た?」と首を傾げた。青峰は「見た」と答えた。青峰の恰好は部屋着だった。すこしくたびれている。そこからなんだか青峰をぎゅっと凝縮したようなにおいがするようで、桃井はすぐに、「これ、合宿のプリント」とバッグからそれを取り出した。きちんとファイルに挟んでおいたおかげで皺ひとつない。青峰はそれをぺらりとぞんざいに受け取りながら、「合宿とか行ったって意味ねーのになあ」とあくびのような言葉を吐いた。桃井は少し考えをめぐらせなければいけなかった。

「そんなこと言わないの。バスケ部は全員参加だから、ちゃんと締切までに親の許可もらって、プリントに書いてもらって、先生に提出するんだよ」
「言われなくてもわかってるっつーの」
「せっかく届けにきたのになんでそんなふうに言うの!?ありがとうくらい言ってくれてもいいじゃない!」
「へいへい」
「もう…」

桃井はそこまで話してから、言葉を失くしてしまった。もう伝えるべきことも、何かきちんとした理由がある事柄も、存在しなくなってしまったからだ。青峰は桃井に何も話しかけなかった。桃井がこれから帰るのだと知っていても、「送るか?」の一言もなかった。桃井は今までにしてきた自分の夢想をただただ恥じた。恥じて、そして、これでいいのだともわかっていた。桃井が青峰に期待していることが為されてしまったら、その先の未来は桃井には想像できなかった。青峰の隣にいる自分は想像できるのに、どうしてか、その点に関しては想像できないのだ。先が続くように思われないからかもしれない。そのことがわかっているから、桃井はいつだってすぐにあきらめることができるのだ。桃井はすぐに、頭の中で用事が果たされたことを確認した。そうして、「じゃあ、私帰るね」と口にだした。青峰はその言葉を「ああ、」と受け取った。受け取ってからすぐに、「あ、いや、」とそれを飲み込んで、しかし、その言葉もまた、飲み込んだ。桃井はわからないふりをして、「なあに」と首を傾げてみせた。青峰は「なんでもない」とぶっきらぼうに言った。青峰は結局、桃井がひらひらと手を振って踵を返しても、なんにも言ってこなかったし、腕を掴んで引き寄せるようなこともしなかった。しかし、桃井は帰り道にまた、静かに夢想するのだ。青峰の隣にいる自分と、自分を隣に置いている青峰を。


END


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -