1300グラムの忘却を嘲笑う
※中学時代
それは影山の目の前でびりびりと破り捨てられた。部活前にあまり良く知らない女子から受け取った手紙を部室でしげしげと眺めていたら、及川がそれをひょいと摘まんで、影山が「返してください」と言うまもなく、二つに裂いたのだ。二つになったそれは四つになり、八つになり、十六になった。女子らしい丸い文字が、その中で音を立てて崩れてゆく。
「恋愛もバレーも、おんなじようなもんだよ」
及川はなおも手紙を細切れに引裂きながらそう言った。手紙だったものはどんどん紙屑になり、及川の手の中で小さくなってゆく。
「繰り返しておかないと、忘れちゃうんだ。身体がなまるみたいに、感情も鈍っていく。こういうふうにかたちにしておかないと、いつか風化しちゃう軽いもんだよ。それも、一回じゃいけないんだ。手紙を何回も書いて、何回もキスして、それ以上のことも何回も繰り返してないと、忘れちゃう。そんなもんだよ」
及川は影山よりそういった手紙を何通ももらっているだろうに、その口ぶりはとても冴え冴えとしていた。影山はもったいないことをされたと思い、腹が立ったが、しかし、結局は断るつもりのものだったので、及川に食ってかかるようなことはしなかった。そんなことをしたところで、もう手紙はもとにもどらないのだとわかっていたこともある。及川は細切れになったそれを景気よくぱっと宙に放り投げた。それは紙ふぶきのようになって、影山の髪の毛に降りそそいだ。
「この子も、次の誰かを見つけたらトビオちゃんのことなんて、すっかり忘れちゃうよ」
及川はひらひらと舞うまだらの中でへらりと笑った。嫌がらせにしても悪質だ。影山は「だったとしても、破ることはなかったんじゃないですか。俺、どうやって断っていいかわからないんですけど」と唇を尖らせる。
「なんにもしなくていいさ。なんにもしなければ向こうが勝手に諦めてくれるよ」
「それはあんまりいい選択じゃないと思うんすけど」
「そしたらどうするのさ。先輩に手紙見つかってやぶかれちゃいましたーごめんねーってその子に謝るの?トビオちゃんはその子の名前とか、クラスとか、知ってるの?」
「…いや…顔しか…」
「顔も、そのうち忘れるよ。繰り返してないと、忘れちゃうもんだよ。一回目で終わって、むしろ良かったじゃない」
及川はへらへらとした顔を崩しもせずに、そう言った。影山は無性に腹が立った。及川は尊敬すべき点がバレーにおいてはあるが、それ以外ではまず思いつかない。人がもらった手紙を勝手に破り捨てるあたり、人格的に破綻しているとさえ思っていた。
「恋愛もバレーも一緒だよ」
及川は床に落ちた紙の断片を、しゃがんでひとつ、拾い上げた。それをちらちらと弄んで、くすくすと笑った。
「トビオちゃんが知らなければ、俺が幸せだったものなんだから」
END