いつまでも痛い目みせてよ






呪いみたいなことをしているっていう自覚はあった。

同田貫と御手杵はベッドの上でお互いに向かい合っていた。さっきまで高校の卒業式をしていて、ふたりはそのあとのお別れ会みたいなものを全部すっぽかし、御手杵の家に来ていた。二人は制服姿のまま、さっきまで持っていた卒業証書も床に転がして、代わりにピアッサーを手にしている。

「ネットで調べたら、氷で冷やしたほうが痛くないって」

御手杵がちょっと緊張したような声音でそんなことを言うと、同田貫が「なら冷やさないほうがいい」と言った。

「痛いのが残ったほうが、なんか、いい」
「はは、ドMみたいなこと言ってる」

冗談でごまかしたけれど、御手杵も、台所に氷をとりにいこうとは、しなかった。つまりそういうことだ。痛い方が、いい。


ちょっと前まで、ふたりは高校を卒業したらもう大人になるんだと思っていた。ちょっと前って言ったって、それは小学生の時の話だ。ふたりが中学生になるころにはもう、ふたりはちゃんと、高校を卒業したって、大学を卒業したって、社会人になったって、そのまんまでいては大人になんかなれやしないってこと、わかっていた。だからふたりでちゃんと大人になろうと、約束したのだ。今日のこれは、儀式なのだ。ふたりが大人になるための、儀式。

「緊張する」
「あともどりできないからな」
「ちゃんとしるしつけたか?」
「つけた」
「人生かわるかな」
「かえるんだろ」

ふたりの会話はどこか、不安を紛らわそうとしているようだった。短い言葉どもがぷつぷつと途切れて、泡になる。部屋の中はいっそう、静かだった。お互いの息遣いがわかるほど、静かだった。その静かななかに、同田貫の、「じゃあ、やるぞ」という声がきんと響いた。御手杵も「うん」とこたえる。ふたりは改めて向かい合い、お互いの右耳に、ピアッサーをあてがった。

「さよならしないとな」
「ああ」
「昨日までの自分が、もういなくなんだ」
「なんか恥ずかしくねぇか、それ」
「うん、恥ずかしい」
「ピアスあいたら、こんにちはでもすんのかよ」
「する」
「バカみてぇ」
「バカみたいなことすんだから、これくらいでいいんだよ」
「そうか」
「うん」

会話が長く続いたのちに、御手杵が「なあ、後悔しないかな」と言った。ピアッサーが、かちりと音を立てる。二人があけるピアスは、右耳に、たったひとつ。

「たくさんするんだ、きっと」
「…そう…か」
「たくさん後悔するためにあけんだ、きにすんな」
「…ぜったい忘れないな」
「ぜったい忘れない」

ふたりは呪いのように、そう言った。言葉がねっとりと糸をひいて、それでおたがいをがんじがらめにしてゆくような、そんな、呪い。幼い恋慕だった。ただただ、相手の一番でありたくって、相手に想われていたくって、それをかたちにしてほしいという、幼い、恋。でもそれはちゃんと愛のかたちをして、ふたりの耳に突き刺さろうとしている。これはその儀式。

ふたりはちょっと、黙った。緊張なのか、怯えなのか、どっちとも判別がつかなかった。痛いのは怖くなんか、ないのだ。怖いのはその先だ。ふたりがこれからどんな人生を歩むのか、このピアスひとつでどれだけのことがかわってしまうのか、かわらないのか、それだけがこわかった。

「同田貫」
「なんだ」
「すき」
「…なんだよ」
「女々しいけど、すきって言ってほしい」
「…すきだ」
「うん、ありがと」
「いいか」
「うん」
「せーので、あけるんだぞ」
「うん」

呼吸をおいて、同田貫が低く震える声で、「せーの」と言った。



バチン。


END



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