僕が不必要な理由






「そうだな、話せば長い話になる」というセリフを読んだときに、黒子は「僕たちはそんなに長い話になりそうもないですね」と心の中で呟いた。ガタンゴトンと音がしている。

黒子と青峰は電車に揺られていた。そろそろ西日が眩しくなる時間帯だった。二人は今日、部活の休みが重なったのでなんとはなしに二人で会って、かたちだけのバスケをした。黒子なんて存在は青峰の相手になんかなれやしないのに、青峰は会うなり「バスケでもするか」と言った。二人は別段、することがあって会ったわけではなかった。ただ昨晩に青峰から黒子に「明日暇か」という、彼らしくないメールが届いていた。どのあたりが彼らしくないのかというと、黒子に予定を尋ねたあたりだった。中学の頃の青峰は黒子の予定なんてものに興味を持っていなかった。だから黒子を誘うときはいつも突然で、黒子の予定なんて二の次に自分の予定を優先したがった。だから黒子はそこに違和感を覚えたのだ。それから、「バスケでもするか」という彼のセリフにも少し違和感を覚えていた。違和感の塊のような午前を二人で過ごして、昼食をめずらしくチェーンのファミレスでとってから、二人は電車に乗って、帰ろうとしていた。一日中遊んでいるほど、二人の距離が近いようには、黒子には思えなかったので、そういうふうに仕向けたのだ。そして黒子は、そう思った自分に違和感を覚えた。そして、きっと、昼過ぎに電車に乗って、夕方までずっとそうしているこの状態も自然ではないのだろうな、と黒子は思った。黒子は文庫本を読んでいたが、それはもう二周目だった。青峰が言い出したのだ、「終点まで乗らないか」と。

黒子は、心の中で小説を書くように、「終点まで乗らないか」という彼の言葉を、西日に浴びせてみた。すこし言葉を省きすぎたかもしれない、と思った。このセリフは冒頭にふさわしいのだろうとも思った。青峰は黒子に、歯切れ悪く、やっとの仕事、というふうに「言いたいことがあんだけど、どうにも、うまくいかねーから、終点まで行こう。そのあたりまでに整理つけっから」と言ったのだ。ほんとうは、もっといい間違いや、いらない表現が多かった。黒子は別段の用事も入っておらず、断る理由を思いつかなかったので、それを了承した。そこから、二人は電車に乗ったのだ。

はじめ、青峰はガタンゴトンと音がするたんびに、黒子に話しかけていた。簡単な内容だ。たとえば、「今日天気よかったな」だとか、「最近調子どうだよ」だとか、そういう取り留めもない話だ。それはいつしか「宿題やってねーけどまぁいいよな」だとか、「さつきにノート返してねーけどあっちからおしつけてきたしいいよな」という、青峰の独り言になって、最後には、だんまりになっていた。二人は隣り合わせで座っていたが、肩どころか、バッグすら触れ合っていなかった。黒子もはじめはぼんやりと青峰と話していたのだけれど、途中から文庫本を取り出して、それに目をやるようになった。青峰は「その本面白いか」と尋ねた。黒子は「ええ、まぁ」と答えた。特に、彼に紹介して面白い本でもなかったものだったからだ。

西日がすっきりと落ち着いて、電車の中にくたびれたサラリーマンが目立つようになったあたりに、青峰は思い出したように、「その小説のタイトルってなに」と、黒子に尋ねた。黒子はちょうど読み終わったあたりで、それをパタンと閉じた。黒子は久方ぶりに青峰の顔を見て、「僕が不必要な理由」と答えた。青峰は「知らねーな」と答えた。彼が知っている小説がどれほどあるのか、黒子にはわからなかったが。

「青峰君」
「なんだよ」
「君の覚悟というものは、決まりそうですか」
「…終点になったら」
「僕たち、ずいぶんこの電車に乗っていますね。もう夜です。外は、暗いです」
「そうだな」
「ええ、まぁ、どれくらいでしょう。5時間くらい、ですかね」
「そうだな」
「終点というのは、いったい、どこにあるんでしょうね」
「さぁな」

黒子は手の内にあるヒントを、丁寧に青峰に渡すように、そう言った。しかし青峰はどうにもこうにも、決心ならないのか、眉間に皺をつくって、口を開きかけては、閉じていた。そうして、「終点」という言葉を、独り言のように呟いた。なんだか終わりのあるような、ないような、あったら困るような、そんな響だと、黒子は思った。そうして、黒子は「僕が不必要な理由」という文庫本のタイトルをさらりと撫でてから、「そうですね」と、あきらめたように、笑った。そうして、やわらかく、クッションをいれるように、「青峰君、なんにでも、終わりがあると思ってはいけないのだと思いますよ。僕たちは、ずいぶん、遠いところまできたような気持ちになっていますが、でも、それは、どうしたって、堂々巡りなことになっているのだと思います」と言った。そうして、最後に、「大変言いづらいのですが」と付け加えて、文庫本をそっとバッグにしまった。


「これ、山手線です」

ガタンゴトンと音がする。


(僕が不必要な理由)
END

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