たべられないものをもとめている






御手杵は眠ることが少しばかり苦手である。そのせいで、夜中まで起きている。夜中まで起きていると腹が減る。空腹に耐えかねて、御手杵はよく厨へ行く。運が悪いと歌仙に見つかってお叱りを受けるが、それもままあることではない。歌仙は早寝なのだ。遅くまで起きているのは酒盛りをしている奴らか、御手杵のように眠るのがあまり得意ではない刀ばかりだ。だから夜はざわめきつつも、ひっそりとしている。それがまた御手杵の空腹を刺激するのだ。

御手杵は今日もうまく寝付けず、空腹を抱えて厨へ顔を出した。小さな電気をつけて視界を確保する。そうして冷蔵庫を開けて、夕飯の残り物を物色しはじめた。しかし冷蔵庫には夕飯の残り物はおろか、そのまま食べられそうなものはなんにもない。御手杵はちょっとばかりがっかりして、水だけ飲んで帰ろうとした。

「おい」

御手杵は低く唸るような声にひょっと息をつめた。歌仙か燭台切かに見つかったのだと思った。今日はなにも食べてませんむしろ何か恵んでくださいと小さくなったが、どうにも声音がちがう。見ると、同田貫だった。

「なんだよ、おまえかよ」
「なんだよとは失礼だな。どうせまた歌仙に怒られにきたんだろ」
「そういうわけじゃない」
「どうせ冷蔵庫になんもはいってなくってしょぼくれてたんだろ」
「おまえ、エスパーか」
「ちょっと考えりゃわかんだ。最近は盗み食いが多くって、歌仙も燭台切も冷蔵庫には作ったもんおかないようにしてんだ。自分でなんか作れるやつは限られてるからな」
「なんでだよぉ」
「だから盗み食いが多いんだって」

そう言うと、同田貫はごそごそと冷凍庫の方を漁りはじめた。取り出したのは白い塊だ。御手杵はなにするんだ、と尋ねる。すると同田貫は「腹が減った」と言う。

「なんかつくるのか。おまえつくれんのか」
「簡単なのはな」
「すげーな」
「おまえも覚えろ」
「俺は刺すことしか…」
「言ってろ」

同田貫は話しながらさっさと白い塊をお湯にくぐらせた。すると塊だったものがするっと解けて、うどんになった。少し茹でて、同田貫はそれをザルに通した。軽くお湯を切って、上に卵の黄身を乗っけて、麺つゆをかけたら出来上がりらしい。二人分あった。御手杵は同田貫のそういうところをとても好ましく思っている。

二人は台所で立ったまま食べるのもなんだから、と、同田貫の部屋で食べることにした。見つからないようにしのび足で廊下を歩き、音を立てないようにして硝子障子を開ける。部屋に入って戸を閉めたら、やっと落ち着いた。御手杵はずるずると座布団を出して、「いただきます」をした。

口に入れたうどんはやわらかく、これまでに食べたどんなものよりおいしく感じられた。といっても、空腹の御手杵は大抵のものをこれまでに食べたどんなものよりおいしく感じる。御手杵はうまいうまいと言ってそれを食べた。同田貫はだまって食えと言った。ふたりで食べた夜食はとにかくおいしかった。腹がとっぷりと満たされるのがわかった。

御手杵と同田貫はそれから、何度も厨で顔をあわせるようになった。そのたんびに同田貫は御手杵になにかしらをつくり、それを同田貫の部屋で食べさせた。御手杵はそれがだんだん、日々の楽しみになっていくのがわかった。今日はなにを作ってくれるのだろうと昼からわくわくした。夜の厨はいつしかふたりの待ち合わせ場所になった。その頃になると御手杵は夜眠るのが苦にはならなくなった。満腹も助けてか、朝までしっとりと眠ることができるようになった。たまに同田貫の部屋でそのまま寝てしまうこともあった。それは幸せな睡眠だった。御手杵は満たされていた。なによりも満たされていた。


「やめにしよう」

ある日同田貫がそんなことを言った。御手杵ははじめ、それがなんのことかわからなかった。その時ふたりは同田貫の部屋で初日とおなじくうどんをすすっていた。御手杵にはなんのことかわからなかったので、「なにを」と聞いた。同田貫は「もうつくらねぇ」と言った。御手杵はそれを信じなかった。信じなかったので、次の日も、また次の日も、厨へ顔を出した。同田貫は現れなかった。

御手杵は自分が何か気に触ることをしたのか、なにかしてはいけないことをしたのかとぐるぐる、寒い厨の中でひとり、考えた。考えても考えてもわからなかった。ただただかなしかった。心の中に空虚がぽっかりと幅をきかせて、御手杵を苦しめた。空腹よりずっとくるしかった。冷蔵庫にはなにかしら入っていたけれど、なににも手をつける気にならなかった。眠る気にもならなかった。そうして、御手杵は冷たい厨の床に座り込んだ。そうしたらいつの間にか朝になっていた。紫がかった空気が厨を満たして、御手杵を一層沈ませた。御手杵はずっとひとりぼっちだったような気がしていけなかった。ここはきっと、二人だけの秘密の王国だった。今はもう亡き王国。どうしてなくなってしまったのか、どうして同田貫は去ってしまったのか、御手杵にはわからない。もうずっと、わからないままだ。


END


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