名前もいらない話






桜がさいている、とつぶやいたのは御手杵だった。見ると本丸の庭に植えられている桜が、いくつか花をつけていた。今年はじめてのことだった。去年の話を御手杵は知らない。同田貫はともかく、御手杵がこの本丸にきたのは去年の夏のことだったので、この本丸で過ごす春はこれがはじめてのことだった。

「桜って綺麗なもんだと思ってたけど、案外そうでもないんだなあ、俺にわかんないだけのことなのかなあ」

御手杵がそうぶつくさとつぶやいた。同田貫もあんまり、ここの桜が綺麗だとはおもわなかった。満開になればもっと綺麗なのかもしれないが、ここの桜はどうも浮世から離れている。小さな花がいくつか咲いていたが、それはただ儚げなだけで、美しさとはまた違った部類のものだった。そうして二人してじっと桜のさいているのを見た。そこで同田貫は「そういや」と思い出したように口を開く。

「桜が綺麗になるためには下に死体を埋めないといけないと聞いたことがある」
「なんだそりゃ」
「俺も詳しくは知らねーがよ、誰かがなんかのときに言ってたんだよ。たぶん歌仙あたりだとは思うんだが。とにかく死体が必要らしい。ここの庭にはなんもうまってねーから、だから咲くばっかでちっとも綺麗なんかじゃねんだ」
「へぇ、そうなのかあ。じゃあ、適当に死体を埋めとかないと」
「なんの死体だ」
「そこまで頭まわってなかった。折れたら俺ら、消えちまうだけだしなあ」
「敵の骸はどうだ」
「ここまでもってくんのか?大変だろ」

二人はそこまで話してから、自分たちがやけにぶっそうな話をはじめてしまった、と気がついた。しかし気がついた頃にはもう好奇心の方が勝っていた。

「まぁ、なんだったか、そうだ、歌仙の言うところじゃ、桜は死体の血をすするらしい。その血の色が花にうつるんだ」
「じゃあ、食った牛とか鳥とかの死骸じゃだめなのか。ありゃ骨しか残ってねーしな」
「そうだな。やっぱ人だろうな」
「そうか。やっぱり刀じゃだめか」
「この身体はニンゲンみてーなもんなのにな。ままならねぇもんだ」

ままならない、というところがこの会話の終着点らしかった。御手杵も同田貫もそこでいったん口をとじて、また咲き始めた桜の花を眺めた。やはりうつくしくはない。おもしろみのない花だった。ここの桜はきっと、血を吸うことはできないのだと二人は思った。刀ばかりが暮らすこの場所では、温かな血潮をその根本に垂らすことはできない。それらは似たものが御手杵と同田貫の中にも流れていたけれど、きっと本質を異にしているにちがいなかった。御手杵も同田貫もそう思い込んでいた。自分たちは所詮武器であり、血を流させることはあっても血を流すこととは縁遠いものだと思っていた。その身から血がしたたるのは相手の返り血を浴びたときだけだ。所詮、刀は刀、少なくとも二人はそう思っている。なにせこの身体から流れる血は乾いたそばから消えてゆくのだ。流れたそばから地面に沁みて、あとにもならない。そういうつくりになっているらしかった。

「ニンゲンはいいなあ」

そう言ったのは同田貫だった。

「ニンゲンは死んだら死体になって桜に溶ける。そうして、ニンゲンに綺麗だなんだともてはやされんだ。俺らは折れたらそれぎり、なんものこらねぇ」
「らしくねぇな。お前は桜になりたいのか。戦場で折れるより」
「…んん、ああ、そうだな。らしくねーこと言っちまった。そんなのぁごめんだ。俺は戦場で折れるんだ。遅かれ早かれそうなんだ。それが本望ってやつだ。桜なんぞになってどうする。ただの見世物だ。きれいなだけで、なにもつまらん」
「そうだよなあ、ああ、びっくりした。お前がへんなこといいだすから、俺どうしようかと思ったよ。やっぱ武器は戦場で朽ちてこそ、だ」
「ちげぇねぇ」

そうしてふたりでへらへらと笑った。言われるだけ言われた桜が恨めしそうに二人を見ている。遠くの方にいたらしい粟田口の団体も桜が咲いたのを見つけて、「あっ桜だ、きれいですね」と言った。それを聞いて、二人はよけいにおかしかった。こんなののどこがきれいなのだ、と。こんなつまらない、死体の味もしらない桜の、いったいどこが。


END


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