予定調和の法螺話






「正国、俺お前のこと好きなのかもしれない」

はじめててそう言われた時、同田貫は返答に困ってしまった。困ってしまった結果、これはなかったことにしてしまおうと思った。思ったので、「…そんなのは錯覚だ」とこたえてしまった。そうしたら御手杵はちょっと悲しそうな顔になって、「うん、ごめんなあ」と言った。それが一番最初の記憶だった。

びゅんと勢いよく飛んできた石が、御手杵の頭にごつんと当たった。

たったそれっきりの衝撃で、なにか御手杵の頭のネジのようなものが壊れてしまったらしい。御手杵はそれから、その石がぶつかる前日を、くるったように(ように、という表現は正しくないかもしれない、御手杵はじっさいくるってしまったのだから)繰り返しはじめた。

「正国、俺お前のこと好きなのかもしれない」
「…知ってた」
「うん、ごめんなあ」

はじめは本丸の全員が戸惑った。どうにか治そうともした。けれど御手杵の頭はうんともすんとも言わなかったし、何より同じ日を繰り返しているのだから御手杵はその自覚がない。自覚がないものだからみんなが意味もなく心配をするのを気味悪がった。しかし少しするとみんなもなんだか慣れてきて、御手杵はそういうものなんだという風になった。話せば普通だし、ちゃんとした受け答えをできる。困ったのは内番の当番くらいだった。その日は御手杵が馬当番の日で、その以降も御手杵は毎日馬当番をやりたがった。やりたがったが、新しい当番が決まっている。仕方がないので急に内番が変更になったのだと御手杵には伝えて、その都度納得させた。

御手杵の中の時間は止まってしまったけれど、もう進むことがないけれど、同じことばかり繰り返しているけれど、過ぎ去った昨日を今日として、降り積もる今日の記憶を、御手杵が持つことはないのだけれど、御手杵はどこまでも普通にしていた。気味が悪いほど普通だった。

「正国、俺お前のこと好きなのかもしれない」
「…そうか」
「うん、ごめんなあ」

御手杵は毎日、同田貫を呼び出していた。朝餉の時間に同田貫にちょっと寄っていって、「今日のあのその適当な時間にちょっとだけ話したいことあんだけどよ」とこそこそするのだ。みんなはそれをまたかという気持ちで眺め、同田貫にちょっとだけ「大変だな」という視線を投げる。みんなはそれを御手杵のちょっとした相談だと思っているらしかった。その御手杵曰く「ちょっとだけ話したいこと」の内容を、同田貫は他の人に話すことはなかったし、みんなちょっとは気にしていたけれど、根ほり葉ほり聞くほど野暮でもなかった。

「正国、俺お前のこと好きなのかもしれない」
「…それで」
「うん、ごめんなあ」

御手杵の話したい内容というのは、野暮ったい言い方をすれば告白だった。同田貫は、御手杵の時間が止まってしまった日からずっと、毎日、三百六十五日、おんなじ時間に、おんなじ言葉を聞く。もう慣れたものだったので、同田貫は顔色ひとつ変えずにその告白に適当な答えを返すことができるようになった。はじめの頃はもちろん動揺した。心にもないことをぶわっと吐き出してしまった。けれどもう慣れた会話になってしまった。慣れた会話になって、なんだか悲しくなった。

「正国、俺お前のこと好きなのかもしれない」
「だから、どうしたいんだ」
「うん、ごめんなあ」

そうして同田貫はだんだんと、この会話が気に入らないと思うようになった。御手杵は同田貫がどう返しても「うん、ごめんなあ」と言うばかりで、その先を何にも望んでいやしないのだ。御手杵はただ自分の満足のためだけにこんなことを毎日同田貫に伝えてくるのだった。同田貫は付き合わされる方の身にもなってくれと思っていたが、御手杵の誘いを断ることはついぞなかった。そうして、御手杵はもう何回目かわからなくなるような告白を、同田貫に繰り返している。毎日、毎日、気が遠くなるほどの回数、同田貫に己の胸のうちにあるものを、吐き出していた。

「正国、俺お前のこと好きなのかもしれない」

ある日同田貫はそう言われて、なんだかとても悲しい気持ちになった。この気持ちが前に進むことはもうないのだと思った。御手杵は少し寂しい顔をして、同田貫を見つめてくる。いつものように。けれど同田貫はいつもと同じに適当な答えを返すことはできなかった。自分は今までとても悲しくって、寂しいことを繰り返していたのだと思った。

「俺も、お前のことが好きなのかもしれない」

同田貫がそう言ったら、御手杵はへらりと笑った。いつもはこんな風に笑わないのだ。いつもは、もっと寂しそうな顔をする。同田貫がはたと顔を上げると、御手杵はやっぱり、いつもの調子で言ったのだ。

「うん、ごめんなあ」


END


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