すべての正しさにむけて






このゲームはフィクションです。

まだ小学三年生の御手杵はもちろん、そんなベストセラー小説の冒頭の物語をゲームに差し替えただけの文章を思いつくはずがなかった。しかし御手杵は今しているゲームがフィクションであるということはもちろん承知していたし、現実とは遠く離れたところにあるものだということもよくわかっていた。

御手杵はモンスターを闘わせるロールプレイングゲームをしていた。今とても流行っているゲームだ。そのゲームはバージョンが四種類あって、御手杵は赤いパッケージのものをプレイしていた。みんながやっているものだから御手杵もどうしても欲しくなって母親にねだってねだって買ってもらったのだった。母親はあまりいい顔をしなかったが、あんまりにもそのゲームをみんなやっているものだったので、御手杵だけ乗り遅れるのはかわいそうだと思ったらしい。

御手杵は買ってもらった当初、とっても楽しんでゲームをはじめた。しかし、そのゲームは電源を消すごとにリセットされて、同じところをぐるぐるめぐるだけになってしまうのだ。御手杵は最初の街から次の次の街まではいつもたどり着くのだけれど、その先になると母親にそろそろやめなさいと言われるか、目が疲れて頭が痛くなってしまうかして進めなくなってしまう。不思議だった。みんなはもうずっと先の街まで進んでいるらしいのに、御手杵だけがはじめの街からうごくことができない。

どうしたら先へ進めるのだろうなあと思ったあたりにメニューを開いてみたら「セーブ」という見慣れない文字があることに気がついた。そこを選択してみると、「はい」と「いいえ」の選択肢が出てきて、御手杵はわけもわからず「はい」を選択してしまった。すると「レポートにかきこんでいます」という表示が出て、御手杵がレポートってなんだろうと考えているあいだにぴろりん、と音が鳴った。御手杵はなんだったんだろうなあと思いながらも、もう頭が痛くて痛くてたまらなかったのでそのまま電源を落とした。

そして次にやってみようと思ってゲームを触ってみたら、なんということだろう、ゲームが続きからになっていて、知らなかった世界に行くことができるようになっていたのだ。御手杵はセーブというものがよかったらしいと気がついた。「セーブ」をすると今までの行動が全部記録されて、続きを楽しめるという仕組みらしかった。御手杵はこれは大変な発見だと思った。大変な発見だと思ったので、すぐに同じバージョンのゲームをやっている陸奥守に話した。

「なんじゃ、そんなこた、せつめいしょにかいちゅう」
「えっ」

御手杵は慌てて、箱の中に入ったままになっていた説明書をひっぱりだして読んでみた。するとそこにはゲームの操作説明と一緒にセーブについても書かれていた。御手杵はそれを見たときカッと顔が熱くなって、とっても恥ずかしいきもちになった。

御手杵はゲームの説明書というものを読んでいなかったのだ。あんまりゲームが楽しそうで、見よう見まねで、とりあえず全部試してみて、適当に操作していたのだ。

御手杵は説明書というものを読んでいたらもっと早くにこのゲームを進めることができて、ぐるぐる同じ場所を回ることなく、頭を痛くすることもなく、楽しい時間を過ごせていたのかなあと考えた。そう考えると、自分がやっていたことがとっても意味がなくて、恥ずかしいことのような気がしてきた。御手杵はそれなりに、育てるモンスターを変えてみたり、すみずみまでくまなく探索してみたり、色々していたのだ。その結果新しい発見や、面白い発見もあって、それなりに楽しかったのだ。たしかに頭はいたくなったし、飽きることもあったけれど、楽しかった。けれど御手杵はそれをぐしゃっと丸めて、ゴミ箱に捨ててしまった。説明書という綺麗な教科書を見て、それが一番正しくって、効果的な進め方なのだという風に思った。


「そうじゃ、こうりゃくぼんもっとうよ、かしちゃろうか」

御手杵がゲームを進め始めてしばらくしたら、陸奥守がそう言ってきた。

「こうりゃくぼん?」
「そうじゃそうじゃ、ゲームのこうりゃくのしかたがかいちゅう。ここではこうするもんじゃとか、そだてかたとか、モンスターのしゅるいとか、かいちゅうんじゃ」
「え!よみたい!よみたい!」

御手杵は説明書だけでも色々とだいぶ楽になったので、攻略本というものがあったらもっとずっと強くなれると思った。ただでさえ最近、洞窟が抜けられなくってこまっていたのだ。真っ暗な洞窟をどう進んでいいかわからず、御手杵は前のように同じところをぐるぐると回ってしまっていた。それがクリアできるのであれば、と、思った。

御手杵は陸奥守から厚めの攻略本を借りて、家に帰ってから読んでみた。読んでみると、自分がぐるぐる巡って、抜けるどころか元の場所にも戻れなくなっていた真っ暗な洞窟は、モンスターの技で明るくできるらしかった。御手杵はそのわざをモンスターに教えていなかったばっかりにずっと迷っていたのだった。問題が解決したらあとは簡単で、攻略本に載っている地図を見て洞窟を抜けるだけでよかった。御手杵の前に、またあたらしい世界が広がった。

御手杵は洞窟を攻略して、その先も攻略本を頼りにした。まだ小学三年生の御手杵にはそのゲームがちょっとばかし複雑だったということもある。攻略本を読めばむずかしいこともだいたいわかったし、どういう風に進めればいいのかもよくわかった。御手杵は攻略本の通りにゲームを進めて、ひとつひとつの事柄を無事にクリアしていった。御手杵はそれまで色々と試行錯誤して、時間をかけて、自分の方法でゲームをクリアしていっていたのだけれど、やっぱりそれをぐしゃっと丸めて、ゴミ箱に捨ててしまった。説明書の時と一緒だったが、御手杵はそうしてしまったことを今度はちょっとばかし不安に思った。本当にこれでいいのかな、と思った。けれど、攻略本はびっくりするほど綺麗な教科書だった。攻略本があれば、頭を痛くするほど悩みはしなかったし、ゲーム自体も効率的にサクサク進めることができた。それはその不安を補って、余りあるほどに、そうだった。


「あれ?どうたぬき、まだそこクリアしてねーのか?」

ある日御手杵と同田貫が一緒になってそのゲームをし始めた時、御手杵は同田貫がまだ序盤から動いていないのを見て、ちょっと驚いた。同田貫がやっているのは御手杵とは違ったバージョンのやつで、パッケージが緑のやつだった。獅子王と一緒のやつだ。他にも和泉守が黄色いやつを、大倶利伽羅が青いやつをやっている。それぞれみんな中盤くらいまでは進んでいて、攻略本を持っていた陸奥守はもう終盤だった。御手杵も攻略本の力を借りて、中盤からもう終盤に差し掛かるところまで進めていた。なのに同田貫だけが、ちょっと進みが遅かった。そんなにゲームをしていないのかと思ったけれど、プレイ時間を見てみると御手杵とそうかわらない。御手杵はもしかしたら同田貫はゲームの進め方をあんまり知らないのではないかと思って、「ばーじょんちがうけど、むつのかみにこうりゃくぼんかりたらどうだ?」と言ってみた。しかし同田貫は「いや、いい」と言った。御手杵は攻略本はとってもすごいのに、どうして同田貫はそれを見ないのだろうと思った。攻略本があれば、みんなと同じくらいまでは簡単にすすめられるし、つまって頭を痛くしたり、同じところをぐるぐるまわったりしなくて済むし、もったいないことをしてしまう心配だってないのに。御手杵がそんなことを言うと、同田貫は「そんなんしたら、つまんねーだろ」と言った。

「さきのてんかいわかって、こうすりゃいいとか、こうするのがせいかい、とか、さいしょっからわかってたら、なにたのしむんだよ」

御手杵はそう言われた時、ぎゅっと心が縮む思いがした。自分の不安をぴったりと言い当てられた気分だった。御手杵はたしかに、攻略本を見ながらゲームを進めて、なんだか前よりつまらないものをやっている気分になっていたのだ。それはもう作業に近くなっているような気がしたし、自分で「こうすればいいんじゃないか」と思ったところも、ゲームを進める前に間違っていないかどうか攻略本でたしかめるクセがついてしまっていた。そのおかげで御手杵はまちがうということはなくなったけれど、同時に、攻略本をただなぞるだけのプレイングになっていた。それはとってもつまらないものなんじゃないかと、どこかでうすうす気づいていたけれど、攻略本のただしさに負けて、見ないふりをしていた。御手杵はやっぱり、はずかしい気持ちになった。知らなすぎても、知りすぎていても、同じ気持ちになるなんて、不思議だと思った。

御手杵は前までは攻略本をかじるように読んでいたが、次の日にはそれを陸奥守に返してしまった。たしかに、ただしくただしくものごとを進めることも大事だと思ったけれど、ゲームでくらいそうしないで、試行錯誤をして自分のやりかたで進めていったほうがいいと思ったのだった。そうしたほうが、きっと、クリアしたときに何倍も嬉しいにきまっている。

このゲームはフィクションです。正解のやりかたを探すだけがゲームではないのだ。


END



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