AM02:59「世紀末の夢に気をつけろ」






御手杵は同田貫の部屋に遊びにきていた。高校生なので一人暮らしなんてものではもちろんなく、親も一緒に住んでいる、どこにでもあるマンションの、どこにでもありそうな机とベッドとゲーム機とその他もろもろがあるありふれた一部屋だ。御手杵は同田貫の部屋に何度も遊びにきたことがあったし、同田貫も御手杵の部屋に何度も遊びにいったことがあった。今日はたまたま同田貫の部屋に御手杵が遊びにきただけの話だった。同田貫と御手杵は同じ学校に通う同級生だ。特に面白い関係性もない、高校で知り合って、高校で仲良くなったただのお友達だ。他と比べたらちょっと仲がいいくらい。だいたい一緒にいて、だいたい一緒に行動をする。親友と言うのはちょっと気恥ずかしいくらいの、そんな関係。今日はテストが近いのでちょっと同田貫の家に泊まり込みで真面目な勉強会をしようという話だった。御手杵は同田貫の家で夕飯をいただき、さあこれから勉強をしようというところだった。けれど2人とも健全な男子高校生だったので、勉強をする前にちょっとした息抜きでゲームでもして遊ぼうという空気をかもしだした。そうだ、8時になったら勉強をはじめよう、きっと8時になったらやる気というものが湧き出してくるはずだ、という話になり、2人は仲良くゲームをすることにした。時刻は7時半だった。30分だけのお遊びだ。

ゲームはロールプレイングゲームだった。2人から4人でもプレイできるちょっと珍しいタイプ。ゲームの進行は1人が行うが、アクション制の戦闘になるとパーティにいる他のキャラをもう1人が操作できるというものだ。ゲームの持ち主である同田貫が主人公を操作して、御手杵がパーティのキャラを操作した。ストーリーはひねってはあるけれど、主人公が世界を救うタイプのやつで、同田貫はもうクリアしたことがあったのでサクサク世界を救っていく。こんな風に簡単に世界が救えたらどんなに楽だろうと御手杵は思った。格好悪いところもあるけれど、最終的には格好よく世界を救う主人公。しかし御手杵が今やっていることはなんだろう。世界征服だとか、国家転覆だとか、そういうこととは縁のない平和な世界で、同田貫と一緒に現実逃避をしている。いっそ、へんな組織が現れて、世界を滅ぼす手前まできてくれないかなあなんてことを考えた。考えながら、ゲームの中でコンボを決めていく。御手杵が楽しいけれど、つまらないなあと思ったあたりで、けたたましいサイレンが鳴った。火事の時に鳴るやつ。近くで火事でも起こったのかと御手杵は思ったが、そのあとの放送が妙だった。

「歴史修正主義者が歴史を改変しました。このあたりは間も無く更地になります。建物から避難してください。尚、ご先祖様によっては存在そのものが消失する可能性があります。お気をつけください」

御手杵ははじめ誰かの悪戯だろう、と思った。しかし同田貫が急に立ち上がって、「やべぇ、ここ3階だから落ちるな。外出よう」と言い出した。御手杵は「え」と思った。同田貫は至って真面目で、しかもよくあることだという風な顔だった。御手杵はわけがわからなくなった。何か壮大なドッキリにはめられているのでは、とも思った。けれどちょっとパニックになった脳みそではうまい返しが見つからなくって、同田貫に手を引かれるがまま、部屋どころかマンションの外に出た。驚いたことに御手杵たちがマンションを出たと同時にあたりは場面が切り替わるようにして更地になった。天気も変わって、じめじめとした霧に包まれている。山の中の獣道だった。御手杵はちょっと起こったことが理解できなくって、「え、嘘」とありきたりにリアクションをとった。場面が切り替わった瞬間に、右手にずしっとした何か棒のようなものも握られていて、服もありきたりなジャージから、ゲームのキャラが着ていそうな深い緑色の装束に変わっていた。隣にいた同田貫の服も変わっていて、真っ黒な装束に、鎧のようなものをつけていた。御手杵は何が起こったかわからず、手に持っていた棒のようなものを取り落としてしまった。するとそれは殊の外大きな音を立てて地面に転がる。呆然としてそれを見ると、それは先端が鉄で鋭く尖っており、槍だ、とわかった。

「おい、何してんだ。もう直ぐ敵地だぞ。調子でも悪ぃのかよ」

かけられた声は同田貫のものに相違なかったが、しかしいつもよりずっと低くひそめられていた。御手杵は「敵?」と首を傾げた。その声があんまり素っ頓狂に響いたものだから、同田貫の顔が驚きに染まる。直ぐに低い声で「馬鹿っ」と諌められ、近くの茂みに引っ張られた。「槍は拾えっ」と言われたので、言われるがまま槍らしきものだけ無造作に掴み、引っ張られるがままに茂みに入った。すると2人がさっきまでいた場所に矢のようなものがすごい勢いで刺さった。すっと心臓が冷えてすぐにそれがばくばく音を立てた。あと一瞬あそこに立っていたらあれが身体を貫いていたのだということがちゃんと理解できた。けれどその反面、まだそのことが現実として理解できなかった。しかし槍を無造作に握った時に切れたのか、掌からは真っ赤な血が流れていて、そこだけいやに熱をもっている。御手杵は「まって、え、まって」と同田貫の腕を掴んだ。掴んだ腕の先を見ると同田貫は抜き身の刃を掴んでいて、御手杵の喉が鳴った。生まれてこのかた模造刀くらいしかみたことがなかったけれど、これは人かなにかを殺す道具だとわかった。ちょうど、そう、ロールプレイングゲームに出てくるタイプの武器。

「怪我したのか」
「あ…」
「利き手じゃねーか。ほんとにどうしちまったんだ」
「え、だって俺、さっきまで正国と部屋でゲームしてて…そしたらサイレン鳴って…」
「ゲーム?サイレン?何の話だ。ちっ話すぎたな。もうそこに敵がいやがる。ぞくぞくすんなぁ…」

同田貫はそう言って、獣のような顔になった。餌を狩る獣だ。御手杵はその形相にぞっとしてしまう。ぞっとして、けれどとても綺麗だと思った。

「ま、お前今日はいつにもましておかしいし、これっきりってこともあるだろうな。庇いながらは戦えねえ。折れたら折れた、その時だ。これが最後なら、景気づけでもしときたくなるな」

そう言ったあと、同田貫は御手杵の身体を引き寄せ、顔を近づけた。そうして、そうして、そのあと御手杵にはなにが起こったかわからなかった。かたいようなやわらかいようなものが唇に押し付けられて、すぐに離れる。御手杵は「え」とやはりなにが起こったかわからず、茫然とした。

「ちったあ目ぇ覚めたか。覚めたなら、いくぞ。斬りにいくぞ。もう場所もばれてる。話すぎた。妙な気分だ。妙に清々しい。ほら、いくぞ、合図がくる。御手杵、天下三名槍の力、見せてくれよ」

同田貫はくつくつと低く笑うと、合図らしき大きな音とともに茂みからものすごい声を出して現れた敵に斬りかかった。合図が鳴り止まない。合図が、ずっと耳の奥に響いて、やまない。目の前が真っ暗になる。

御手杵が目をさますと、同田貫がちょっとだけ心配そうに御手杵を覗き込んでいた。御手杵はしばらく茫然とした。見回してみるとそこはありふれたどこにでもある同田貫の部屋だった。御手杵は床に敷いた布団に横たわっていて、じっとりと汗をかいていた。冷静にケータイで時刻を確認すると、午前2時59分だった。あと1分で3時になる。わかりきったことだ。御手杵は茫然と、「夢…?」とつぶやいた。

「すげーうなされてたぞ。あんまりうるさくって目が覚めちまった」
「それは、悪いことしたなあ」
「まったくだ。どんな夢みてたんだ」

御手杵はそう尋ねられると、うまく答えられない自分に気がついた。御手杵はうーんとうなって、「正国と俺が付き合ってるかもしれない夢」と答えた。同田貫はははっと笑って、「そりゃうなされるな」と。御手杵はそれにほっとして、痛いくらいシーツを握っていた掌をようやっと、ひらいた。そこで目を疑った。シーツにべったり、真っ赤な血がついていたのだ。おそるおそる自分の右手をみると、そこにはどこで切ったのかわからない切り傷があった。夢の中で自分はいったい、なにをしたっけ、と。

「なあ、どっちが夢なんだろうなあ」

同田貫はあの時も、今も、目をギラギラとさせている。ギラギラひかる金色の目で、御手杵を見つめて、「さあ、戦に行こう。敵を斬りにいこう、」と、御手杵の襟首をつかんで、引き寄せて、そうして。


END


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