目をあけたままみる夢






子供たちが戯れているような音が聞こえる。歌仙はその音にじっと耳をそばだてた。真夜中で、歌仙は自室の布団の中にいた。しかし眠ってはいない。もしかしたら少しは眠っていたかもしれなかったけれど、歌仙にそんな記憶はなかった。部屋の戸が少し開かれていて、歌仙はそこからほたるを眺めていたのだ。庭の景趣はこのところもうずっと夏の夜で、本丸のすべてがむっとするような、気泡の抜けてぬるくなったラムネのような、そんな空気に沈んでいた。歌仙は布団の中から、うっすらと目をあけて、静かな庭を眺めていた。もうずっとそうしている。いつからそうしているのかわからないくらい、そうしていた。誰かが眠れない時は羊を数えるものだと言っていたが、歌仙はどんなに羊を数えようと、眠れはしないのだ。人の身を得てから、それは顕著だった。歌仙は眠った記憶がない。記憶がないほどに落ちて眠っているのか、それとも本当に眠っていないのか、それは歌仙にもわからないことだったけれど。とにかく歌仙は、ほたるを眺めていた。目を閉じなければ眠れないということはわかりきっていたけれど、しかし、今はそうしたくなかった。子供のわがままのようだと、思った。

子供が戯れているような音が聞こえる。ほたるが舞っている。歌仙は眠れない。夜はいつもそうだった。誰が起きているとも知れないけれど、短刀の子たちはもうずっと早い時間に眠っているのだろうけれど、しかし、どこからともなく音は聞こえてくるのだ。歌仙はずっと、その音のもとを探してみたいと考えていたけれど、ついぞそれを実行にうつしたことはなかった。歌仙にはほたるを数えるくらいしか、できることがなかったものだから。部屋の戸は開いている。何かを望むように、誰かが覗き込んでくるように、そうだった。歌仙の部屋の戸は毎夜毎夜、開かれている。ほたるを眺めるように、誰かが歌仙を覗き込んでくれやしないかと。歌仙は横たわりながら、それをじっと待っている。

さわさわと風が流れて、うすい雲が流れた。月影がそれによって遮られたのだとはじめはそう思った。しかし、雲によってできた影にしてはちょっと濃い影が、部屋に横たわった。歌仙ははじめぼんやりとしていたので、それが何によってもたらされた影なのかよくわからなかった。しかし少し落ち込んでいた意識がゆったりと浮上すると、誰かが部屋を覗き込んでいるのだとわかった。ずっと待ち望んでいた影だ。歌仙はまだうすぼんやりとした頭で、身体を起こした。誰かがきたのであれば、迎えがきたのであれば、横たわったままでは失礼だろうと思ったのだ。影は歌仙が上半身だけ起こしたのを見ると、「起こしてしまったね」と、申し訳なさそうに言った。聞きなれた声だった。聞きなれない声だとも思った。しかし歌仙は少なくとも知っている声だったので、少しばかり落胆した。影の主であったにっかり青江は、少し黄緑がかった色の目をすがめて、うっすらと笑っているようだった。

「もともと、ねむってなんかいやしないんだ」
「それもまた不思議な話だね。夜は眠るものだよ」
「それもまたおかしな話だ。じゃあ君はなんで僕の部屋を覗き込んでいるんだい」
「ああ、それを言われると、とても痛い」

青江はちっとも痛くなんかなさそうな顔でそう言った。戸口に立たせたままだったので、歌仙は「中にはいったらどうだい」と言った。しかし青江は「君が外に出たいってうるさいから、僕がここにきたんだ」とわけのわからないことを言った。歌仙は外に出る気なんかなかったので、「じゃあそこにいればいい。僕は君についていく気はないんだ」と言った。歌仙の待ち人は少なくともにっかり青江ではなかったので。青江はちょっとがっかりしたような顔になった。

「けれど君がそこに立っているとせっかくのほたるが見えない」
「ほたるなんてこの本丸じゃもうめずらしくもなんともないだろう」
「そんなことはないよ。いつもみているけれど、ちゃんと数が減ったり増えたりしているんだきっとちゃんとうまれたり、しんだりしているんだね」
「そう。僕は気がつかなかったな。だって、ここはもうずっと夏の夜だから。朝も昼もないんだ。ずっと夜なんだ。それも、ずっしり空気が重たくって、気泡が抜けたラムネのようにぬるいんだ。こんな夜ではねむれなくって、当然だよ」
「僕は眠れないなんてひとことも言っていないけれど」
「そうかい?それは悪かった。けれど君、ずっと眠れていないような、そんな顔をしているよ。もうひどい顔だ。いったい幾晩、こうして部屋の戸をあけていたんだい。ああ、幾晩という言葉は語弊があるね。だってここはずっと夜なのだから。夜しかないのだから」

青江はうんざりした様子でそう言った。歌仙はそういえばそうだったかもしれないと思った。そうしてから、子供が戯れているような会話だと思った。こんな会話が、夜毎この本丸で交わされているのかもしれないと思った。そうすると、合点がいくのだ。今もまだ、耳の奥の方でそんな音がする。歌仙は寝巻きを正して、まだぼんやりとする視線を、ちゃんと青江の方へ向けた。そうしてちゃんと見てみると、青江のたたずまいはすこしおかしかった。青江はこんな夜更けだというのに戦に行く格好をしていた。武具をつけて、佩刀している。歌仙は自分がとんでもなく無防備に思えた。しかし青江は部屋に入ってこないし、自分も部屋の外に出る気はなかったのでそんなに苦労があるとは思わなかった。青江はこれから夜戦へでも行くのかもしれない。しかしそんな命令はあっただろうかと思った。青江の肩の白いところにほたるが寄ってきて、とまる。青江はそれをちょっと気にして、「こらこんなところにとまってはいけないよ。つかまえて瓶詰めにしてしまうんだから」と言った。瓶詰めのほたる。歌仙はそれもまた風流だと思ったが、かわいそうなことをするものだとも思った。そのほたるはすぐにしんでしまうだろう。庭にいたってすぐにいなくなってしまうのだ、瓶になんてつめたらそれこそ簡単に光が途絶えてしまう。

「かわいそうなことをしようと思うものだね」

歌仙はそのまま、言葉を口にした。青江はちょっと残酷に笑って、「冗談だよ」と言った。歌仙は冗談にしたってざんこくだと思ったが、今度は口にしなかった。青江は子供のように残酷だ。耳の奥のさざめきが、すこし大きくなった。

「話はこれくらいにしよう。僕はなんだか眠いんだ」
「そう。夜は眠るものだからね。そりゃあ、眠いだろうね。ここがずっと夜だったとしたって、君は長く起きすぎた。そろそろ眠る頃合いだろう」
「けれどね、頭のどこかで眠ってはいけないような気もしているんだ。僕はまた眠れないような、そんな気もするんだ」
「じゃあ君が眠るまで僕はここで見張っていよう。へんなおむかえがこないようにね」
「でも僕はそれをずうっとまっているんだ。おかしな話だと思うかい。そのために戸をあけているんだよ。それなのに、待ち人ではなくって、君がきたんだ。僕のその落胆がわかるかい」
「わからないね」
「そうか」

わからないのでは、しかたがないな、と呟きながら、歌仙はまた身体を横たえた。眠くって、目がぼやけてしかたがなかったのだ。そうしているとだんだんと夢と現実の区別がつかなくなってくる。歌仙は夢というものを見たことがなかったけれど、あるいはこんなものかもしれないなと思った。ふわふわしていて、支離滅裂で、うすぼんやりとしている。青江が戸口に立っているものだから、ほたるのひかりがよく見えなかった。ただ青江の肩にとまっているほたるだけがちかちかとかすかにひかる。歌仙はこのままずっとこうしていたいと思った。眠るのはあんまりにおそろしい。だって、人間の眠っているのは死ぬことの予行練習なのだ。みんな、眠っているあいだは死んでいるようなものなのだ。だから今まで、眠らないようにほたるを数えていたのだ。歌仙はゆったりと目を細めながら、「青江、青江、そこにいるかい」と尋ねた。青江はどんな顔しているのか、「いるよ」と言った。

「なんなら君の手を握ってあげようか」
「…部屋に入る気はないんじゃなかったのかい」
「目的がちょっと違っただけだよ。僕はそんなこと一言だって言ってない」
「…そうか…」

ちかちかとひかるのが、すらっと音を立てて、近づいた。しかし歌仙はちっともこわいとは思わなかった。青江は歌仙の枕元に、静かに座った。歌仙は自分の部屋の中に誰か他人がいるのが、すこしだけ不思議に思えたが、やっぱりこわいとはおもわなかった。青江が「手を」と言うので、歌仙は素直に手を出した。ひんやりとつめたい青江の手に、ちょっとばかし熱を持った自分の手が包まれる。ずっとこうしていたいと思った。青江の肩にとまっているひかりが、すこしずつよわまっていく。そうしてしんでゆくのだと思った。歌仙はうつらうつらと落ちていきながら、自分はこの暗い部屋で、いったい誰を待っていたのだろうと、思った。睡魔か、もっとこわいものか、それとも。耳の奥でやっぱり子供たちがたわむれているような音がする。それはどんどん大きくなっていくのに、歌仙のそれをちっとも邪魔しない。こうやって自分はちょっとずつ壊れていったのだと思った。すこしずつ、確実に、くるっていったのだと思った。

歌仙はずっとこうしていたいと思った。ちょうど朝が来るまでこうしていたいと思った。そう、そこの戸口に、朝が立つまで。朝が迎えにくるまで。子供のわがままのように、そう思った。

END


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