うつくしい宿題






同田貫はたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。

まだ小学三年生の同田貫はもちろん、そんなSF小説の冒頭のぼくを三人称に差し替えただけの文章を思いつくはずがなかった。しかし同田貫はじっさい頭がいい方だったし、小学三年生にしては熱心に宿題をこなしていた。

同田貫の文字は綺麗だ。小学校で習字の授業がはじまる前から書道を習っている。兄の習字道具を借りて、古びた公民館で毎週土曜日に書道をするのだ。ほとんど女子ばかりの教室の中、同田貫がもくもくと文字を書く姿はちょっとばかし浮いていたが、同田貫はそんなことを気にしたことはなかった。同田貫は熱心に書道を習い、うつくしい文字を手に入れ、その文字でもって、宿題のノートやドリルを埋めていった。熱心に。

同田貫の学級では宿題がそれなりに出された。漢字の書き取りだったり、ドリルの数ページだったり、プリントだったり、それは日によってさまざまだった。その中に、「自由学習」という宿題があった。宿題の量がちょっと少ない時に出される宿題だ。宿題なのに自由とはこれいかに、と同田貫ははじめ思ったが、今ではもう随分慣れた。

自由学習というのは、二十項目ほどある勉強リストから、自分で好きなものを選んでノート2ページぶん学習する宿題だった。漢字練習もあれば、計算練習もあるし、中にはスケッチや日記、小説作成という項目もあった。自分がやりたいことであれば項目にないことでもやってよかった。なんでも自由に学習してよいというのがこの宿題だったのだ。

しかし同田貫は自由学習の宿題が出ると、決まって漢字の書き取りばかり行った。他にも計算練習や社会の勉強、理科の勉強もすることがあったが、同田貫は漢字の書き取りをいっとう好んで行っていた。同田貫は漢字というものが好きだった。角ばった線を描くのも好きだったし、ゆったりとした曲線を描くのも好きだった。同田貫はなるだけ丁寧に、厳密に、しかし楽しんで、漢字の書き取りをした。そのおかげか同田貫は漢字のテストで悪い点数をとったことがない。たいていのテストが満点だった。同田貫は習った漢字ばかりでなく、兄の教材を借りて習っていない漢字も練習することがあった。漢字辞典もひっぱりだしてきて学習する。漢字は難しければ難しいほど恰好がいいと思えた。時には魚へんのつく漢字を調べられただけノートに書き写してみたり、部首が心の漢字を全部ノートに書き連ねたりもした。四文字熟語を調べることも好きで、四文字熟語を調べては、その漢字と意味をノートに書き連ねた。同田貫は漢字が大好きだった。うつくしいと思うから、好きだった。そしてうつくしい漢字が並んだ自分のノートも、うつくしいと思っていた。

同田貫はしかし、ある日そのことで先生からお叱りでもないが、ちょっとしたことを言われることとなってしまった。「自由学習はもっと楽しくお勉強していいのよ」というセリフだ。そのあとにはもちろん、「正国君が楽しいのであればかまわないけれど」という言葉もくっついてくる。しかし同田貫の心にはその言葉がとても深く刺さった。同田貫は楽しんでやっていたのに、先生の目にはそれがそうとうつらなかったらしいのだ。同田貫は自由とはなんぞやと道徳的なことを考えた。

同田貫はそれから、漢字の書き取りの数をちょっと減らし、算数の計算や、理科や社会の教科書のまとめに力を入れるようになった。漢字ばかりやっているのが先生の目についてしまったのだと思ったからだ。同田貫はもちろんそれも楽しいと思ってやっていた。やっていたのだが、先生の表情はいっこうに晴れない。先生はやっぱり「正国くんは真面目ね」と言うばかりだった。同田貫はどうしていいかわからなくなった。

「なあ、じゆうがくしゅう、おてぎねはなにやってんだ」
「ん?」

どうしていいかわからなくなったので、同田貫は隣の席に座っている御手杵にそう尋ねた。御手杵は「べつに、ふつうだけど」と言ったが、同田貫にはその普通というものもよくわからない。だから「ちょっとじゆうがくしゅうノート見せてくれ」と御手杵に頼んだ。御手杵は「おれの字はきたないからな」と前置きをして、自由学習のノートを見せてくれた。

同田貫は衝撃を受けた。御手杵の自由学習ノートは、日記や、音楽の音譜、クレパスで彩られたスケッチでいっぱいだったのだ。漢字の書き取りや小難しい計算問題なんてひとつもない。同田貫は鮮やかなそのノートを見て、とてもうつくしいと思った。そしてなんて自由なんだろうとも思った。こんな自由学習があったなんて、と同田貫は感動さえ覚えた。それほどの衝撃だったのだ。まじまじと御手杵のノートを見つめる同田貫に、御手杵は「あんまり見られるとはずかしい」と言ってノートを取り上げた。同田貫としてはそのノートを隅から隅まで眺めていたかったのだがかなわないらしい。それでも御手杵のノートのうつくしさは同田貫の心に深く刻み付けられた。鮮烈なほど、そうだった。

同田貫はたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。うつくしいノートに、絵日記が描かれる日はそう遠くない。


END


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