まるをつけましょう






人間にとってテストは大事なことにはちがいない。

まだ小学三年生の御手杵はもちろん、そんな小難しい小説の冒頭の結婚をテストに差し替えただけの文章を思いつくはずがなかった。しかし小学三年生の御手杵にとってテストは随分大事なことであったし、憂鬱なものでもあった。御手杵はテストというものが苦手だ。解く際には間違えてはいけないと緊張するし、答え合わせの際には自分のまちがいをまざまざと見せつけられるのでとても辛い。それでもテストはやってくる。転校したところで逃げられるはずもない。

御手杵が壇ノ浦小学校に転校してきてからはじめて受けたテストは国語のそれだった。「サーカスのライオン」という小説の部分が終わったので、夏休み前にその単元のテストを受けたのだった。小学校のテストなのでもちろんそこまで難しい問題は出ない。御手杵は空欄を作ることなくすべての設問に答えることができた。表の文章問題はもちろん、裏の漢字の問題もちゃんと解けた。

問題が起こったのはテストが返却されたあとだった。テストはもちろん先生から一人ずつ名前を呼ばれ、返却される。御手杵も名前を呼ばれて、テストを返された。テストの点数は85点だった。御手杵は今回はあまりよくできなかったと落胆した。なんとはなしに隣の同田貫に「テストなんてんだった?」と尋ねると、100点の答案を見せられてさらに落ち込んだ。同田貫はもとより国語が得意なのだ。御手杵が間違えていたのは二問だった。どうして間違えたのかわからないような問題だ。あとからちゃんと考えると正しい答えがすぐわかった。御手杵はこのあと先生がその正しい答えをちゃんと教えてくれるのだと思った。

「では直した人から先生のところにもってきてくださいね」

ここで御手杵は疑問符を頭の上に並べた。先生は答えを教えてくれないし、正解のプリントを配ってもくれない。しかしみんなは当たり前のように机に向かっていて、消しゴムとペンと動かしている。100点だった子はみんなが終わるまで学級文庫を読んでいていいらしく、同田貫は後ろの棚の上から好きな本を持ってくるところだった。御手杵はどうしていいかわからず、戻ってきた同田貫に「どうすんだ?これ」と尋ねた。同田貫はなにがだ、という顔になった。

「せんせい、正しいこたえおしえてくれるんじゃないのか?」
「まちがったとこはじぶんでかんがえてなおすんだ」
「それがまちがってたら?」
「またじぶんでかんがえる」
「わからなかったらどうするんだよ」
「せんせいがヒントくれるからわかるまでかんがえる」

御手杵は同田貫の言葉に愕然とした。御手杵がもといた小学校では、先生と一緒に赤ペンを持って答え合わせをしていたのだ。自分が間違えたところは間違えた答えを書いたまんま、その隣に赤ペンで正しい答えを書き写していた。しかしこの小学校ではどうだ。間違えたところを消しゴムで消して、そこに今度こそ正しいと思う答えを書くのだそうだ。御手杵は「ふせい」ができてしまう、と思ったし、同田貫に「わるいことするやついるかもしれないじゃないか」と言ったが、同田貫は「そんなことしてなんになるんだ」と答えた。御手杵はやっぱりびっくりした。

御手杵がそうして文化の違いにびっくりしている間に、先生の机の前には長い行列ができていた。それなりに間違った人がいたらしい。御手杵は最後の一人になったらどうしよう、と思い、おもいきって間違えたところを消しゴムで消して、正しいと思う答えをそこに書いた。そうして、先生の机に続く行列の一番後ろに並んでみる。

並んでみると、なんだかとても怖かった。また間違っていたらどうしよう、という思いと、正解がいつまでもわからなかったらどうしよう、という思いが入り混じって、顔がちょっと青くなった。どうしてこんなに怖い思いをしなければいけないのだろうか、と悲しくなった。御手杵はテストばかりが怖かったが、間違い直しがいっとう怖いと思った。御手杵がそうびくびくしているあいだに列は動いて、ついに御手杵の番になる。御手杵はちょっと泣きそうになりながら、先生に答案を渡した。先生は手元の答えと御手杵の解答を見比べる。御手杵は心臓がどきどきと音を立てるのがわかった。

先生はまもなく、御手杵の新しい答えのところに、青いペンで丸をつけて、「よくできました」と御手杵に言った。御手杵はびっくりしながら、返された答案を受け取って、席に戻る。

「青丸もらえたか」

同田貫がそう聞いてきたので、御手杵は「う、うん…」と答えた。答えてから、丸をもらえたことに感動した。御手杵の今までの世界では、間違ったところには二度と丸をつけてもらえなかったものだから。

「どうしてまちがえたのにまるもらえるんだ」
「ただしいこたえがわかるようになったからだろ」
「まちがっても二回目があるからだいじょうぶなんだな」
「そうだな」
「でもやっぱり赤丸のほうがうれしいな」
「そりゃあな」

御手杵は自分のかつてバツがついていた答案をじっと見た。そこにはうつくしい青でマルがつけられている。とても嬉しいと思った。御手杵はなんとはなしに、次のテストはいつだろう、と思った。最初は間違っていても、正しい答えがわかるようになれば、ちゃんとマルがもらえるとわかったものだから。


人間にとってテストは大事なことにはちがいない。何度も間違えることができる機会は、そうそうないのだから。


END


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