例えばこれが夢の最後だとして







※捏造多目、ツイッター用語とか多用してます
※ツイッターやってないとわからない話かもしれません





















降旗はただ周りに流されてツイッターというものをやっていた。とにかく降旗はどこかしら人に流されやすい性質があった。なにかにつけて断れないという人の好さもあった。友人の何人かがそのSNSを利用し始めたので、降旗もなんにも疑問を持たずにそれを始めたのだ。始めてみたところ、それはなかなかに便利なツールであるということがわかった。それから空虚な充足にもめぐりあった。一人の部屋のどこかしらにいても、タイムラインにおいて誰かしらと交錯しているのだという満ち足りた気持ちが起こったのだ。また利便性の面においてそれはメールというデジタルでありながらもはやアナログに成り下がったツールに比べるとはるかに都合のよいものだった。まず大人数でいっぺんにやりとりができるし、わざわざ相手を決めてメールするに及ばない些事を誰にともなく投げかけることができた。それによって誰ともない人物がそれに答え、降旗の疑問や疑念をさっぱりと払いのけてくれるのだ。また、バスケ部の面子も大半がそのSNSを利用していたので、降旗は場所を共にせずともその人たちの私生活を垣間見ることができた。黒子もまたそのうちの一人だった。黒子は普段きっちりとした身なりをして、清潔感にあふれているがしかし、どこかものぐさな面も持ち合わせているのだということもわかった。また、黒子の普段から持ち合わせている鷹揚さが、黒子のツイートの文面から少なからず読み取ることができた。人の外面であり、内面の吐露を期せずして知ることのできるツールは、降旗にとって興味深く、便利で、安心と安寧をもたらすツールだったのだ。

降旗は部活終わりに家へ帰ると、夕飯も風呂もさっさと済ませた。そうしてから宿題をしようかという前に、ケータイでツイッターを開いてみた。そこには誰彼かまわずのつぶやきが流れており、降旗は別段の注意を払うこともなくただぼんやりとその他人のどうでもいい内容に目を通していった。降旗がフォローしているのは現実世界の知り合いに限られてはいなかった。ネットで趣味だけ通じるところのある人物や、著名な人物のアカウントもフォローしていた。それによって降旗のタイムラインは怒涛のように流れていく。しかしぎりぎりまだ全てのツイートを読むことができる数でもあった。ちょっとした時間の合間を縫って、降旗はどうでもいいことや便利な情報をそこから入手し、また、自分の内面について、日々の些事について、思うところについて、どうでもいい起床就寝報告を、気の向いたときに更新していた。そしてその降旗のツイートに対して、時たま誰かしらが反応を見せるのだ。それが少しばかりの楽しみでもあった。そこに自分がいるのだという証明を、他者によってもたらされているような心地にもなった。

その日のタイムラインには、久しぶりに見かけるハッシュタグが出回っていた。「フォロワーさんのフォロワーさんと繋がりたい」というものだ。降旗は普段、この手のタグには手出しをしないようにしていたのだけれど、その時ばかりは変な気を起こした。変な気を起こした結果、簡単に「バスケが好きな男子高校生です。趣味の合う人はつながりませんか」という簡単な文句を書き連ね、タグをつけてツイートした。するとそのときタイムラインを見ていたのだろう、黒子によってそれがリツイートされた。その通知を受け取りながら、降旗は少しばかり恥ずかしい心持になった。黒子もその時は変な気が向いていたらしかった。降旗のそのツイートはついに黒子以外にはリツイートされないまま、タイムラインに飲み込まれていった。そんなものかと降旗が宿題に手をつけようとしたときに、電子的な通知音がした。誰かしらにフォローされたという通知だ。降旗をフォローしたのは降旗の知らないアカウントだった。誠凛高校の面子らしからぬアカウントであったし、プロフィールも年齢と部活のことしか書いていなかった。フォロー数もフォロワー数もさほど多くなかったが、そのフォローしているアカウントの中には黒子の名前があった。降旗はたいした警戒も抱かずに、自分が知らない黒子の知り合いと繋がるということに好奇心を抱いた。そして、もちろんフォローを返した。ついで、簡単な挨拶のリプライを送った。プロフィールから年齢は同い年であるということがわかっていたが、しかし、それには敬語を使った。相手も間をおかず、敬語で挨拶に応えてきた。黒子はそのことについて特になにかツイートするということはせずに、「バニラシェイクが飲みたいです」と要領を得ないことだけつぶやいていたが。

翌日降旗は黒子に昨晩の人物が誰のアカウントであるのかを確かめようと思っていたが、日々の煩雑さに流されて、すっかり失念してしまっていた。そのままその日を終えて家に帰ってから、降旗ははたとそのことを想い出し、なんとはなしに昨日フォローした人物のツイートを遡ってみた。そこには変に温かみの欠落したツイートばかりが並んでおり、降旗にその人物の性格や特徴についてなんの情報ももたらさなかった。しかし、ちょうど降旗がその人物のタイムラインを眺め終わり、ホーム画面に戻ったとき、その人物が「帰宅した」とツイートした。降旗は昨日の今日のことであるし、繋がりが希薄になってもなにか気まずいと思ってそこへ「おかえりなさい」とありきたりにリプライを飛ばした。その人物は少し間を置いてから、「ただいま」とリプライを返してきた。

そこから、なんだか奇妙な関係が生まれたように、降旗には感じられた。別段、親しくもないが、見かけたら声をかけるのがその人物になっていた。その人物は機械的なまでに自分の行動ばかりを書き連ねていたが、降旗のツイートに対しては時たま人間らしい反応を見せた。それがなんだか楽しくて、降旗はだんだんとその相手にリプライを送る回数を増やしていった。相手もまたそうだった。降旗が「ただいま」と言えば、相手は「おかえり」と返すようになったし、降旗が「今日の練習きつかったー」と呟けば、相手は「お疲れ様」と返してきた。また、相手が「今日は練習試合がある」と呟けば、降旗は「頑張って」とリプライをし、相手は「ありがとう」と呟いた。それらは一見してわかる通り、ありきたりな文章のやりとりでしかなかった。しかし降旗にとってその相手の存在はいつしか心にくつろぎを持たせるようになっていった。ネットでのみ繋がった相手であり、毎日のようにやりとりをする人物がその相手しかいなかったということもある。まったく文章だけのやりとりであったが、降旗はそこの一種のあたたかさを感じていた。心の広がる心地を感じていた。降旗はケータイをじっと見つめて、少しばかり、「いけないことだ」と思った。いけないことだと思ったのは、そのことによって現実の色々なところがおざなりになってしまうような、自分の危機管理能力が低下しているような、そんな気持ちが起こったからだ。便利なツールは便利な反面、危険も伴うことを、降旗はきちんとわきまえていた。わきまえていたからこそ、ある日相手から「今度東京に行くのだけれど、少しでも会えないか」と言われた時に、戸惑ったのだ。

降旗はツイッターに名前を登録する際、本名の使用は避けていた。ただ、「フリ」とだけ明記していた。降旗は自分の名前を明記することにきちんと抵抗を持っていた。また、相手もそれは同様らしく、名前は「灯」と表記されていた。降旗はいつもそれを「トウ」と読んでいた。見る限りそれは本名の一部でもないようであったし、由来がどこからきているのか、降旗にはどうも予想がつかなかった。「会えないか」という相手の提案に対して、そういった要素は少なからず降旗に不安を起こした。降旗はまず、黒子を思い出した。そうしてから、「予定を確かめるから返事を待ってもらってもいい?」と返した。それは黒子に相手が誰なのかを確かめる猶予を作るためにとの言葉だった。「灯」は降旗の返事に対して、予定の日時を提示し、「都合が合わなければ無理をしなくていい」と返してきた。降旗はそこに申し訳なさを感じたが、仕方のないことでもあると考えた。それから、そのやりとりをじっと眺めてみて、そういえば、近頃は敬語がとれてきたな、と思った。それだけでその人物との距離をはかることはできなかったが、しかし、何か近しいものは感じた。それによって降旗はまたいっそうのこと、悩んだ。



「ああ、それ、赤司君ですよ」

黒子にそう言われた時、降旗はまず、「は?」と間の抜けた声を出した。そののちに、泡を吹いて卒倒しそうになった。そうならなかったのは、降旗が部活終わりにベンチに腰掛け、休息をとっていたために他ならない。立ち上がっていたならば確実に尻もちくらいはついていたかもしれない。そののちすぐに降旗は悲鳴をあげた。部活終わりのざわめきが一瞬のうちに静まり返り、降旗はすぐに「すみません!なんでもないですっ」と誤った。しかし心臓はずっと早鐘を討ち続け、変な汗が噴き出してきた。黒子は「大丈夫ですか?」と降旗の顔色を見た。降旗の顔は真っ青になったり、赤くなったり、めまぐるしく変化していた。降旗はとにかく黒子に事情を説明しなければならないと思った。しかし、よくよく考えてみると、黒子には降旗と赤司のやりとりの全てが見えていたはずなのだ。そこに気が付いた降旗はまず「なんで教えてくれなかったんだよ!」と八つ当たりのようなことをした。黒子はただ普段通り鷹揚に「いえ、別に聞かれませんでしたし、僕はてっきり君がもう気が付いているものだとばかり」と言った。

「気づく要素ある!?プロフだって京都とかバスケ部とかしか書いてないし、名前だって『トウ』じゃん!」
「『トウ』?…ああ、あれはあの漢字で『あかし』と読むんですよ。そういえば、そうでしたね。いや、君もなかなか度胸がついたんだとばかり思ってました。あの赤司君と最近ではフレンドリーにちょくちょくやりとりをしていたものでしたから」
「赤司だってわかってたらそんなことできねーよ!!どうしよう!俺今度東京で会わないかって言われてるんだけど!!」
「会えばいいじゃないですか。さすがの赤司君だって、会って突然君を頭から食べてしまうわけではないですし」
「手足くらいは食べられるかもしれないだろ!!」
「君、赤司君をなんだと思っているんですか」

その後もぎゃあぎゃあと降旗は「どうしよう」と繰り返し、断ったとしても断らなかったとしても自分が窮地に立たされるものだと思い込んでしまっているようだった。黒子はそんな降旗を見てすこしからかう様子も見せたが、最後に降旗が小さく「どうしよう」と呟いたときには、「そうですね、僕は君に、赤司君に会ってもらいたいと、少なからず思っています」と曖昧なことを言った。降旗が「なんでだよ」と尋ねると、黒子は「さあ、わかりませんが」と言った。話はそこで途切れて、降旗には不安のみが蟠ることとなった。

降旗はその日家に帰ったとき、いつものようにツイッターをひらいて、「今日もつかれたー」と呟こうとした。しかし、それはなんだか怖いことのように思えた。今自分の中で結末をつけなければいけない物事が片付くまではなんにも口を開いてはいけない気がしてならなかったのだ。降旗はなにもつぶやかないまま、ただタイムラインを眺めた。眺めていると、そこに「灯」のツイートが表示された。内容は降旗と同じく「帰宅した」というものだった。降旗は、そこにいる「灯」と「赤司」がどうにも分裂してしまっていて、降旗の中でふたつを結びつけることができないように感じた。黒子の口から出てくる「赤司」という単語には恐怖すら覚えるのに、画面の中にいる「灯」にはなんの恐怖も抱かなかったのだ。それから、急に、赤司は「フリ」が「降旗」であることを知っているのかどうかが気になった。気になって気になってしょうがなくなった。そして、それを「灯」に尋ねてみようという気が起こった。そしてそれはなんの恐怖もまとわりつくことなく、ダイレクトメールによって伝えられた。ただ短く、「今度会おうって話の件なんだけどさ、灯さんって俺のこと誰だか知ってるの?」という文章だけを送ったのだ。その文章にはほどなくして「灯」から「ああ、知っているよ。知っていて、誘っているんだ。どうだろう。時間に都合をつけてくれるかな」と返ってきた。降旗はその返答にどきりとした。それは興奮というよりは、欺かれた失意によるものが大きかった。降旗は少し考えた。考えたのち、黒子の言葉を思い出した。降旗に赤司と会ってほしいという内容の言葉だ。それから、赤司はどうして自分のようなちっぽけな存在と交流したがっているのだろうという気持ちにもなった。そしてその真意がすべて、赤司の口から語られることを望んでいる自分に気が付いた。これまでの「灯」に、降旗はちっとも恐怖を感じていなかったのだ。むしろ、どんな人なのだろう、どんな顔をして、どんな制服を着ていて、どんな声でもって話すのだろうと夢想したこともあった。降旗は不意に、胸の奥から何か突き上げるような衝動が起こっていることに気が付いた。そして、その衝動の鳴りやまぬ間に、「いいよ、会おう」と返した。赤司は「ありがとう」と返した。その「ありがとう」という言葉に、なにか涙のにじむような感じを、降旗は感じた。


赤司と降旗が待ち合わせをしたのはそれから二週間後の日曜日のことだった。昼下がりの午後2時に新宿のアルタ前だ。そこは人でごった返しており、もしも降旗と赤司がお互いの顔を知らなければ到底巡りあうことができそうにないほどの混雑具合だった。降旗は待ち合わせの10分前にはそこに到着し、ツイッターで赤司にリプライを送った。赤司はそれに何も返さなかったが、待ち合わせの5分前に現れた。赤司は目立っていた。存在が違っていた。降旗は赤司の鮮血にも似た赤毛を人混みの中から見た時に、神様がそこに降りてきたのだ、と思った。そして、身がすくんだ。その身のすくんだ降旗に、赤司は「はじめまして、ではふさわしくないね。何度か顔は合わせているし。なんて挨拶したらいいかな」と声をかけた。降旗は「え、あ、いや、」と要領を得ないことだけつぶやいて、固まってしまった。そうして、がたがたと震えだした。会うべきではなかったという恐怖だけがそこにあった。突然に怖くなったのだ。何か人類とは違うものと対峙しているような心持で内心が溢れかえり、唐突に「すみませんっ」と謝ってしまった。赤司は「なにを謝ることがあるんだ」と笑うでもなく睨むでもなくそう言った。それがまた降旗の口を塞ぐのだった。赤司は降旗の様子についてなんにも言わなかった。慣れているという顔をしていた。言い換えれば通常の面持ちであった。降旗はまず余裕がなかったので、そんなことに気が付くはずもないのだけれど、少なからず自分の態度が赤司にとって好ましくはないのだということについてはわかっていた。わかっていたので、仕方がなく、また「すみません」と言った。赤司は「その言葉しか知らないようだ」と言った。それは冗談に聞こえる類のものであったけれど、降旗には非難に聞こえて仕方がなかった。

「そうだね、こんな人通りの多いところでは難儀だから、どこかへ入ろうか。どこか」
「難儀…」
「煩わしいんだ」
「ごめん」
「君がじゃない。この人通りが煩わしいんだ。どこかへ行こう。適当な喫茶店にでも」
「俺、このあたり、詳しく、ないんだ」
「そうか。僕もだ」
「嘘」
「どうして」
「赤司、君…はなんでも知ってるもんだと」
「そんなことはないよ。わかっていることだろう。わかりきっていることだ。誰だって、なんにも知らないものだよ。なんでも知ってしまったならきっと人のかたちを保っていられなくなる」

降旗が赤司の言葉の意味を理解する前に、赤司は「行こう」とそこらへ足を向けてしまった。取り残されるわけにもいかないので、降旗はその背中についていった。赤司は淀みなく足を進めた。まるで行くべき道がわかっているかのような足取りだった。その背中についている降旗は緊張に緊張を重ねて、幾度か足をもつれされた。また人と肩を合わせることもあった。しかし目の前に赤司がいるということが、一種の安らぎを与えていた。赤司の後ろにいればなんにも怖いことなどないように感じた。それはまた不安も伴っていた。考えるという意志を奪われているような気がしてならなかった。降旗ははたとそのことに気が付いたときに、注意して周囲を見るようにした。それは赤司に対する申し訳なさからの行動でもあった。

二人が入ったのはどこにでもありそうな喫茶店だった。店員に赤司が「二人」と告げると、店員は適当な席に二人を案内した。店内は少し閑散としていた。人がまばらで、そのどれもが一人だった。会話らしい会話が聞こえることもなく、ただ時折ものを飲む音や、カップをソーサーに戻す音、新聞や雑誌、書籍をめくる音だけが響いている。赤司はそこに腰掛けながら、いつまでも棒立ちをしていた降旗に「座るといい」と言った。まるで面接をしているようだと降旗は思った。

二人はやはり適当な飲み物を注文した。なんでもよかった。そこに多少の好みはあったかもしれないが、当初の目的はそんなことではなかったので、結局はなんでもよかったのだ。赤司はブレンドコーヒーを頼んだし、降旗はカフェオレを頼んだ。その飲み物が運ばれてくるまでの間、赤司は一言二言なにかとりとめのないことを言った。降旗はそれに対してマナーモードにでもなっているのかぶるぶると震えるばかりで一向に要領を得なかった。飲み物が運ばれてきたあたりに、赤司はふうと溜息をついた。

「君はいったい、だれと話をしているつもりなんだい」

降旗はまず「え、」と声を出してから、すぐに、「赤司、君」と答えた。

「赤司でいい。同い年だろう。立場はなんにも違わない。僕は君をなんと呼ぼうか。降旗…光樹…だったかな。記憶にあまり自信がなくて」
「合ってる、よ。でも…なんか、呼びづらいっていうか…」
「僕は光樹と呼ぶけれど、それでもまだ慣れないかい」
「なんか、慣れない」
「じゃあ、征十郎とでも呼ぶかい?」
「赤司で」
「そうか」

そこで一旦、話は途切れてしまった。降旗は少しばかりの余裕を取り戻すことができたので、そろりと赤司の方へ視線をやった。赤司は当然だけれど人のなりをしていた。特に取り立てて目立つ服装というわけでもなかった。ただ固い印象を受けた。降旗は普通の高校生らしい恰好をしていた。赤司は少し大人びていた。違いはそれくらいのものだった。しかし赤司の一挙一動が降旗には大きな威圧を与えていた。赤司は背筋がぴんと伸びて、何者にも怖気づかない大きな自信を持っているように降旗には感じられた。まるで降旗の理想の人間のようだった。降旗はとにかく臆病で自信のない自分に嫌気がさすところがあった。その点において、降旗は赤司のようになれたならばほんとうになんでもできてしまうのだろうと夢想した。赤司はコーヒーに口をつけながら、「なんだい、僕の顔になにかついているか?」と降旗に尋ねた。降旗は「いや、べつ、に」と答えた。それから唐突に、なにかしゃべらなくてはいけないということに気が付いた。黙ったまんまではただ気まずいだけなのだということを、経験から知っていた。赤司と降旗は親しくはあったがそれは疑似的な親しさだった。ネットの世界では会話をしていたけれど、現実世界で面と向かった会話らしい会話をするのはほぼはじめてだった。それなのにむっつりと黙っていてはいつか石像になってしまう。

「赤司はなんで俺に会おうって、思ったの?」

降旗が持ち得る話題はまずそれくらいしかなかった。それは純粋な疑問だった。東京には黒子だっているし、青峰も緑間もいた。わざわざ会うのであれば降旗のような人物よりもまずそちらの元チームメイトを選ぶべきだろうと降旗は思ったのだ。赤司は降旗のその疑問に対して、少し考えるようなそぶりを見せた。そうして、言葉を選ぶようなそぶりも見せた。降旗にとってそれは新鮮なものだった。赤司という人物には淀みがないといつも思っていたのだ。そこには迷いも矛盾もなく、ただひたすらに答えを知っていて、その正しさの上に立っているのが赤司であると降旗は考えていた。

「ツイッターをしているだろう」

赤司は簡素にそう言った。降旗は「そう、だけど」とポケットの中にしまってある自分のケータイに少し触ってみた。

「黒子ともつながってるじゃん」
「そうだね。繋がるには、繋がっている。けれどテツヤも、大輝も、真太郎も、他にもまあ、敦や涼太も、僕はあまり会いたいとは考えられないんだ」
「どうして」
「どうしてかわからない。ただ、疲れてしまうんだ、きっと。彼らは僕を知っているものだから、そして、彼らとは仲違いのようなものをして、ここまで来てしまったものだから」
「喧嘩したの?」
「そういうわけではないのかもしれない。何か彼らにマイナスの感情を抱いているというわけではないんだ。ただ、プラスの感情を抱いているかというと、そうでもない。説明することはとても難しい。僕はとにかく、彼らには会う気が起こらないんだ。彼らと会うのは闘いの最中か、それに準じた時でなければいけない気がしてならないし、僕がそうなるように仕向けた」
「…ごめん、よくわからない…」
「僕にもよくわからないんだ。だから理解する必要はない。そう、これでは君の質問に答えていないね。僕がどうして君に会いたくなったのか、だったか。そうだね、やはり答えにならないかもしれないけれど、そう思ったから、そうしたんだ」
「どうして…」
「僕にもわからない。もしかしたらテツヤの方がよくわかっているのかもしれない」

赤司がそう答えたとき、降旗は一瞬、心のうちに転がり込んできた話題を差し出すべきかどうか、悩んだ。悩んだ末に、結局、口を閉じなかった。

「赤司に会うか会わないか、実は黒子に相談したんだ」
「そう、あの猶予は予定云々ではなかったのか」
「うん。悪いとは、思ってる。でも、そのとき俺はあのアカウントが誰のものなのかわからなかったし、そういう人と会うのはちょっと怖かったから」
「そうだね。確かめるでもなく、不用心だろう」
「そうしたら、黒子に『赤司君ですよ』って言われて、すごく驚いたんだ。ひっくり返るかと思ったんだ、本当に」
「そう。案外、わかる人にはわかるようにしてあったつもりだったのだけれど。名前も『灯』で読み方は『あかし』だから」
「俺、ずっと『あかし』じゃなくて、『トウ』って読んでたから…」
「そうか。たしかに、そう読むのがふつうかもしれない」
「うん…まあ、それは、そうなんだけど、その、黒子に…赤司に会ってくれないかって、勧められたんだ。頼まれたようなもんかもしれない」
「そう。じゃあ、テツヤがそう言ってくれなければ僕は今頃一人で時間をつぶしていたかもしれないということか」
「正直…うん…自信ない。だって、赤司って言ったら、その、俺、ビビっちゃって…あれだけど、怖い、イメージしか、なかったから…」

赤司は「そうか」と言って、一息いれるように、またコーヒーを口に含んだ。あまり表情の読めない顔だった。降旗はその顔色を少しうかがってから、様々をあきらめた。隠し事をすることをあきらめたのだ。まず露呈するのだろうという確信があったからだ。

「あと、あのアカウントが、赤司だって言われても、正直、実感わかなかった。ていうか、赤司がツイッターなんてやってると、思わなかった。やってたとしてももっと難しい、頭がいいことばっかり呟いてるもんだと思ってた」
「くだらないことしかつぶやいていないよ。はじめたきっかけも、ただ自由になにか話せるところが欲しかったというだけのことだ。結局、自分の行動報告しかできていないけれど」
「自由に」
「そうだ。でも不思議なものでね、自由に発言しようとするほどに、僕は縛られていったんだ。誰か旧知と繋がるたんびにその枷は重くなっていくようだった。結局、僕は僕でしかないのだとつきつけられているような気がした。あの場所でも、どんどん僕が僕になっていった。それで、そろそろやめてしまおうかという時分になって、君のツイートが回ってきたんだ」
「ああ、あれね…黒子がリツイートしたやつ」
「そう。気まぐれだったかな。気まぐれで、君をフォローした。名前から、降旗光樹だろうと予測がついた。一応テツヤにたしかめてみたら、本当にそうだった。ほとんど話したことがない人物と繋がるというのはなかなかに新鮮だったかな。それで、もう少し続けようという気がおきた。そうして続けていたら、君が話しかけてくるようになって、僕も君に話しかけるようになって、そこに少しの自由を手に入れた気がしたんだ」

赤司の言葉尻に、降旗は妙な違和感を感じ始めていた。なにか赤司が暗い箱の中に閉じ込められているような、そんな気がしてきたのだ。降旗は意識にひっかかった「自由」という単語に興味をひかれた。そして、そのままぽつりと「自由」と呟いた。

「赤司は自由じゃないの?そんなになんでもできるのに」

降旗は赤司を完全な存在として眺めていた。遠くで、神様に祈るように、そう信じていたのだ。赤司はあきらめたように笑って、「僕は不自由によって生かされている」と言った。そして、溜息に混ぜて「僕は不自由によって生かされているんだ」ともう一度、つぶやいた。降旗にとってその言葉は難しいものだった。とにかく難しいと思った。高校生ですでに「自由でない」と感じている人間がどれだけいるのか、想像がつかなかった。たしかに本当の自由ではないかもしれない。降旗も不自由であると感じることがままあった。しかしそれによって生かされていると感じたことはなかった。降旗はどちらかというと「自由によって生かされている」と考える側の人間だった。

「僕の将来にはレールが敷かれている。僕はそのうえを淀みなく歩かなければならない。また、止まることも許されない。速度を落とすことさえできない。ただひたすらに、そこを走っていくだけの人生だ。その線路が途切れるまで」
「どういうこと?」
「要領を得ない話だ。僕には未来があるがしかし、ないのと同じだという話だ」
「…」
「むつかしいかな。光樹、君は将来何になりたい」
「…まだ、わかんない、けど…」
「それは自由だろう。自由すぎて、決められないんだろう」
「でも総理大臣にはなれっこないし、宇宙飛行士にだってなれっこない」
「でもその可能性は全くの零ではない」
「まあ…まあ…そう、かもしれないけど…」
「僕にとってその可能性は零なんだ」
「どうして」
「そうしてしまったら僕が僕でなくなってしまうからだよ」

赤司の言っていることの半分も、降旗には理解できなかった。できなかったがしかし、そこからは赤司の慟哭に似た小さな声を聞き取ることができた。そしてそれによって赤司がなぜ元チームメイトと会いたがらないのかもわかるような気がした。それらの人物は赤司のレールのそのうえに立っているのだとわかったからだ。そしてそのレールは通り過ぎ、過去のもの、赤司の足あととなり、交錯することがないのだとわかった。それはとても悲しいことのように降旗には感じられたが、たしかに、自分にもそういう存在はいるのだと、わかっていた。

「赤司のツイートはさ、なんか、機械的、だよね。なんか、それとも関係あるの」
「そうだね。あるかもしれない。僕はなかなか、どうでもいいことというのを思いつかないから」
「楽しかった、とか、苦しかった、とか、そういうのでもいいんじゃないの」
「そうだね。けれど、楽しいと思うことは少ない。苦しいと思うことも少ない。全てはただ当たり前に過ぎ去っていく。全ては仕事でも遊びでもなく作業として僕の前に山積している。僕はただ自分に与えられた時間を削って、それをこなしているにすぎない。ただ文章を読まずして本のページをめくることだけを続けているようなものだ」
「それは苦しいんじゃないの」
「もうなにもかもが麻痺してしまったのか、なにもわからないんだ」
「…」

赤司の伏せられた瞼を前にして、降旗は二の次がきけなくなった。そうして黙り込んでしまったら、もうぬるいカフェオレしか目の前にはなくなってしまっていた。降旗はただ、赤司という存在が神様ではないのだということを思い知った。そして、自分とは生来の性質は同じ生き物なのだということを理解した。降旗が徐々に、そして自然にまかせて今の姿に成長してきたのとは異なり、赤司は何か大きな鋳型に流し込まれ、はじめのうちからそのかたちになるようにとこさえられたものであるというだけなのだった。赤司はたしかに傑作であるかもしれない。しかし降旗にはそれを羨む気持ちは全く湧き出てこないのだった。

「すまない。こんな話をするために会おうと思ったわけではないのに。そう、それから、この話はここだけのものにしてくれ。ちょうど、ダイレクトメールのように。僕たちだけのものにしておいてくれ。そうでなければ僕が僕でなくなってしまう」
「さっきの赤司は赤司じゃなかったの」
「そうだね。僕らしくなかった。まったくの別人だったかもしれない。そう、君と会話を…会話、でもないけれど、とにかく、やりとりをしているといつもそうだ。僕は僕でなくなってしまう。それが楽しくもあり、恐ろしくもある」
「赤司でも怖いことって、あるんだ」
「ないと答えなければいけないけれど」
「ここはダイレクトメールなんだろ?」
「そうだね。怖いことは、あるよ。怖いくらいある」

赤司はすっきりと笑ってみせた。それは相手を威嚇するような笑顔ではなかった。そっと自分の心の中にあるやわらかい部分を差し出すような、開け放たれた笑顔だった。降旗はただ赤司の笑ったのをはじめてみた、という気持ちになった。これまでの笑顔はどうにも張り付けたようなものに感じられていたからだ。

「君に会う価値はあったようだ。ずいぶん話し込んでしまった。そろそろ出ないと新幹線に間に合わない」
「そう、」

降旗は赤司がまた、きちんとした赤司のかたちを取り戻していく様子をしっかりと眺めている気持ちになった。しかしそれをちょっと引き止めようという気も起こした。それは意地悪い気持ちからではもちろんない。ただひたすらに、赤司という人間についての慈しみのような感情からだった。

「赤司、なんていうか、そう、その、こういうときは、俺は、『会えてよかった』て、言ってほしい」

降旗の言葉に、赤司は荷物を束ねる手をちょっと止めた。そうして、輪郭を保っていられなくなったような顔をして、「ああ、そうだね、会えてよかったよ、光樹」と言った。降旗は「俺も、会えてよかった」と言った。


二人はそののちほどなくして進路を別にした。赤司を見送るほど降旗に余裕はなかったし、赤司もまた、見送りを必要とはしていなかった。赤司は東京駅へ向かい、降旗は自宅へと足を向けた。昼過ぎに落ち合ったのだけれど、その時分にはもう西日が眩しかった。降旗が帰宅したのは西日もおさまり、家々の向こうに残照のあるあたりだった。そうして降旗は自分の部屋に戻ると、脱ぐものを脱いで、ベッドへと身体を投げ出した。投げ出したあとで、ケータイを拾い上げてツイッターを開いた。その手は少しばかり震えていた。自分が何かとんでもないことをしでかしたような気がしていけなかった。あぶくのように不安が襲ってきて、降旗は半ば茫然としながらタイムラインを眺めていった。そこには日常が横たわっていた。誰のものともつかない日常だ。降旗は今日、自分は日常の中にいないものだと思っていた。やっと日常の中に帰ってきたのだという心地さえしていた。

降旗は一通りタイムラインを眺め終わったあとに、その更新を行った。すると、一番上に「灯」のツイートが出た。降旗の心臓がひときわ大きく跳ねた。そこにはただ凡庸に、「今新幹線に乗っている。今日は楽しかった」とだけ書かれていた。ただそれだけだった。しかし降旗はそれに大きな喜びと不安と後悔と先憂と友愛を感じた。感じたままに、震えることなく、淀みなく、「俺も楽しかった。また会えたら、会おう」とリプライをした。赤司がこれを受け取ったとき、どのようなかたちをしているのか、それは赤司であるのか、「灯」であるのか、想いを馳せながら。


END

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -