seven month ago 11.14






「なぁ加茂、なんか手伝えることない?」

加茂が夕飯の支度をしている時に道明寺がそんなことを言ってきたので、加茂は驚いて声を出しそうになった。いや、本当に声は出なかったのだけれど。

加茂劉芳は声を出すことができない。

しかしそれくらいには驚いた。一度道明寺と加茂は同じアパートで同居していた時期があったが、道明寺が加茂の料理に手を出そうとしたことはなかったからだ。そのほかの家事はなんとなくしてくれてはいたけれど、こと料理に関して道明寺は無関心だった。と、いうか関心が持てなかったのかもしれない。

道明寺アンディは味覚障害を持っている。

この家に来てからはそれが少しは改善されているらしいが、それでもまだ甘いだとか苦いだとか漠然とした味覚しか道明寺にはないらしかった。だから加茂は困惑してしまった。しかし道明寺は料理というものに興味を持ったのか、「なんか手伝えることあるだろ」と引き下がろうとしない。加茂は仕方なしに道明寺に下ごしらえ前の野菜を渡した。言葉は発しない。けれど道明寺はどういうテクニックを使っているのか加茂の意図をくみ取るのに長じていた。

「皮むきとかすればいいわけ?」

道明寺がそう言って首を傾げると、加茂はひとつ頷いて、道明寺にピーラーを渡した。これくらいなら道明寺にもできると判断したのだ。


幸い、今晩の夕食はカレーだった。簡単に作ることができるメニューだ。道明寺はピーラーをしげしげと見つめてから、「あ、先に野菜洗わないとだっけ」と少し危なっかしいことを言いだす。加茂は少しだけ面倒が増えたな、と思ったが、悪い気はしなかった。食に対して本当に無関心だった道明寺が少しでも興味を持ってくれたのならそれでいい。加茂は手本を見せるように、ジャガイモをざぶざぶと水で洗ってみせた。道明寺はそれに倣うようにしてやっぱりジャガイモを水でざぶざぶ洗う。


人参も玉ねぎもそうしてから、道明寺はピーラーの使い方がわからないのか、しばらくピーラーとにらめっこをはじめてしまった。加茂は玉ねぎを切る手を止めて、道明寺からピーラーを受け取り、2度3度それを使ってみせる。すると道明寺は「ああ、そうやって使うもんなのね」と納得した様子で加茂からそれをまた受け取った。そうして加茂がそうしていたように人参の皮をむいていく。


加茂にしてみれば道明寺はいないほうが手間がかからなかったかもしれない。しかし加茂は道明寺が食というものに少しでも興味を持ったことがとても嬉しかった。だから手伝わせたまんまにしておいた。道明寺は拙くも加茂を手伝い、一緒にカレーを作っていく。人参の次は手間取りながらもジャガイモの皮をむいたし、芽も加茂に教わってきちんと取り除いた。加茂が言葉を発しなくても道明寺はちょっとしたジェスチャーや加茂の視線の動きで何をすればいいのか読み取ってくれたし、それなりに器用だった。おおざっぱなのは否めないが、それでも加茂は満足した。

「なぁ、俺邪魔してない?」

道明寺は使い終わった道具を水でざばざばと洗いながらそんなことを言った。加茂は「いや」と答えようとして、かすれた声だけを響かせた。それでも声は少しばかり出た。道明寺はそれを拾うと、「そう」と返した。

「加茂の料理はおいしいんだよね」

道明寺は唐突にそんなことを言った。

「俺味覚とかあんまりないけど、でもあったかいっていうのはわかるんだよ。俺加茂に拾われるまで何食ってたか覚えてないし、好きも嫌いもなかったけど、加茂が料理作ってくれるようになってから一応好物みたいなのできて、料理ってあったかいんだなって思い始めて、そうしたらなんか手伝いたくなったんだよ。正直今まで料理なんてするだけ無駄だって思ってたけど、なんかその過程にかかわるのも悪くないんじゃないかって思えてきてさ」

道明寺は独り言のようにそう言った。加茂は黙って聞いていることしかできなかったので、そうしていた。けれど内心、その言葉の数々に「そうか」だとか「それはいいことだ」だとか、言葉を返してやりたかった。しかし声が出ない。加茂の喉から出るのはひゅうひゅうという木枯らしのような音だけだ。しかし加茂はなんとはなしに吐息だけで道明寺に「ありがとう」とささやいてみた。加茂は人としゃべるとき耳元の口を寄せる癖がある。今回もそうした。しかしその言葉は単なる木枯らしでなく、本当の言葉として、道明寺の耳の近くで鳴り響いた。道明寺は驚いて加茂の方を見る。

「しゃべれてる」

驚いたのは加茂もそうだった。こんなにはっきりと声が出たのは久々だったものだから。もう何年ぶりかわからない。掠れたような声ではなく、はっきりとした声だ。加茂は自分の口を手で覆って、少しだけ恥ずかしそうにした。道明寺は「なんでありがとうなんだ?」と首を傾げた。加茂はそのあとも声を出そうとしたけれど、どうにもうまくいかなかったので説明を諦めた。説明しようにも、自分がどうしてそんなことを言いだしたのかわからなかったのだ。けれど、たしかに加茂は道明寺に「ありがとう」と思っていた。それは絶対だった。加茂の心からの言葉だった。


カレーはどんどんと出来上がっていく。加茂はあとは煮込むだけになったそれに蓋をして、ふう、と息をついた。隣では道明寺が「もうやることない?」と首を傾げている。加茂はそれに対して頷いてみせた。道明寺は「なんか、感動した」と言った。

「やっぱ手間かかってるんだな」

カレーというものはわりに手間がかからないものであったけれど、おそらく人生で初めて料理を体験した道明寺にとってはとても手間だったに違いない。加茂はそう考えて、くすりと笑ってしまう。そうして、唇の動きだけで「助かったよ」と言った。道明寺はそれを真に受けて、「じゃあまた今度手伝ってやるよ」と言った。


神様は加茂から声を取り上げて、道明寺から味覚を取り上げてしまった。けれど何の気まぐれか、たまにそれを返してくれる時がある。その一瞬が、二人にとっては宝物だった。今日の「ありがとう」も、夕飯で道明寺が味わったカレーの味も、そうだった。ないからこそわかるものがある。人に物事を伝えることはとても難しいと加茂は知っていたし、道明寺は人の料理はあたたかいものだということをちゃんと知っていた。いつかもっと知ることになる。遠くない未来に、きっと。


END



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