マリア/銀桂






星が綺麗な夜だった。汚らしい地上とのコントラストのせいで余計綺麗に見える。満ち足りた月が影を落としているために夜であるのに随分明るい。手を伸ばせば掴めそうな宝石が、思わせぶりにこちらを誘惑しているような、そんな幻想さえ頭をよぎる。

銀時は死んだ仲間の埋葬をしていた。埋葬と言っても名前の刻まれた墓標は無い。ただただ冷たい土を被せてやるだけのものだ。火を付けてやればよいだろうが、相手に場所が知れるため火は焚けない。銀時は幾度と無く仲間に謝罪した。ごめんなと呟く度に熱いものが込み上げる。腕の無い死体、腰から下が千切れてしまいそうな死体、顔がパンパンに腫れ上がった死体、ありとあらゆる死体が未練がましく生者を見詰めているようだった。耐えきれず唇を噛み締める。唾液が傷口に染みた。ものを食べる気になれそうにない。どうしようもなく泣きたい気分だったけれど、泣けなかった。誰が一番泣きたいかと聞かれれば、今埋葬されんとしている、もしくは今までに埋葬された、志を果たせなかった死者だろうから。だから銀時は、涙のように謝罪をぽとりぽとりと落とすのだ。




「ああこんなところに」

一仕事終えた銀時が地べたに座り込んでいるとなにやら頬を紅葉させた桂がたかたかと走ってきた。軍事で良いことでもあったのかと銀時はあからさまに嫌そうな顔をする。もううんざりだ。墓場(即席だが)でまで死体を増やす話をせんでもよかろうに。言い方は悪いが桂は熱心な攘夷論信仰者である。勇んでこの戦争に参加している。その癖仲間の為に一番泣くのも桂だった。髪なぞ伸ばすから女々しくなるのだと高杉には散々馬鹿にされたりもした。そんな桂がしみったれた戦場の夜に浮き足立っているのだからよっぽどの吉報だろう。が、銀時は桂の胸ぐらを掴みたい気分にすらなった。桂はやたら嬉しそうにしている。まるで星空と地上のようだ。

「銀時、子供だ」
「何?」
「子供ができた」

なんだお前、こんな戦場で女を囲ったのか。銀時が桂を責める前に桂は腹をさすった。違和感がある。そう言えば自分はこないだ桂と寝たか。嫌な予感がする。いつの間にか周囲はぴいんと張り詰めた夜でいっぱいだった。

「もう随分生理がきていない。悪阻もある。喜べ銀時、お前の子だ!」

桂が腕を首に回してくる中で銀時は仕方無く腰のあたりを支えてやる。死臭のする土にまみれるのだけは御免だった。銀時はよほど冷静である。桂の妄言はこれが初めてではなかった。一つ前は坂本が戻ってきたというもので、もう一つ前は松陽先生から激励の手紙が来たというものだった。今回もその類だろうと銀時はまともに取り合わない。しかし否定もしなかった。ただ嬉しそうなふりをして「そうか」とだけ。彼の言うことを否定すると途端にヒステリーを起こすのだから手に負えない。桂はおかしくなってしまったのだ。銀時は諦めるという形で自己防衛していた。不思議なことに桂は他の隊士の前では゛まとも゛だった。銀時の前でだけ都合のいい空想の世界を展開する。高杉や坂本でも同じだろうか。しかし高杉は他の戦場で行方不明、坂本は宇宙だった。確かめようもない。別段、確かめようとも思わなかった。なにはともあれ、分かち合う人がいないというのは辛いものだ。桂が変人扱いされないのは有り難いが、一人で狂人を相手にするのは骨が折れる。

「ああ何時生まれるだろうな」
「…医者には見せたのか」
「いやまだだ。忙しいからな。この戦争が終わったら二人でゆっくり暮らそう。平和な世界だ。だから腹が膨れるまでは戦わねばならん。この子が安心して暮らせるように…」

そうだ名前は何にしようか。女だろうか男だろうか。髪の色はお前の銀髪がいいなぁ。黒でもいい。なんて幸せなんだ。なぁ銀時、触ってみろ。まだ動きはしないが俺の中に新しい命が在る。不思議だなぁ。

桂の妄言は銀時を酷く不快にさせた。同時に悲しくもさせた。男の体で一体どうして妊娠なぞできようか。生理だなんだと言う前に子宮はどこにある。初潮すら来ていないだろうが。真っ暗な夜闇の中に浮かぶモラルは銀時の良心だけだった。銀時は桂を抱き締めて、結局我慢できずに「そんなのはいないよ」と耳元で囁いた。途端に夜が流れ込んでくる。身体中でその波濤を受け止めた。桂の背骨が軋む。穴という穴から夜が侵入してきて俺を苛んだ。桂はびくりと肩を揺らして「何を言うんだ」ほら触ってみろと銀時を引き剥がし手を引く。銀時の手が桂の腹に触れた。生命の気配はしない。羊水が水たまりを作っている気配も無かった。銀時はいよいよ腹が立った。聞き分けのない子供を相手にしている気分になる。死体に囲まれて命の話をするというだけでも気持ちが悪いのに桂はびぃびぃ泣き出す始末。

「男が妊娠できる筈ないだろ?」
「そんなことは無い」
「できないんだ」
「できるさ。現にこうして」

身ごもっているじゃないか。桂は聖母のような眼差しで腹を見詰めた。純粋に発狂していた。銀時の頭を、腹を殴るか蹴るかしてやろうという凶悪な考えがよぎる。けれどそうしたら今度こそ桂は狂ってしまうに違いない。最悪冷たい土をかぶる羽目になるやもしれぬ。銀時はぐるぐると煮えくり返る激情と冴えたモラルにプレスされ、ぐうううと唸った。桂はそんな彼を尻目にまだグズグズ泣きながら腹を撫でている。

「ヅラ、悪ぃ、俺が悪かった」
「ううう」
「場所、変えよう。脚も疲れる」
「ああ、」

銀時は桂の方を抱いて、とりあえずこの場を離れようと歩を進めた。ざりざりと草履が擦り切れる。やたら桂を労りながら少し離れた寺の石段に腰を下ろした。本陣がこの上にある。うっそうと木々が生い茂る場所だ。ザワザワと風が吹く。不気味なほど静かだった。木々に遮られてもう星は見えない。墓場から離れると、自然と銀時の激情は形を潜めた。すぅっと消え入るように胃に落ちたと言うべきか、夜風に頭が冷えたと言うべきか。どっちにしろ銀時はもう桂に危害を加えようとは思わなかった。また、諦めたのだ。

「落ち着いたか?」
「ああ」

沈黙がぽとりぽとりと降り積もってゆく。銀時はどうしようもなくて、結局「早く生まれるといいな」とだけ言った。桂は涙もどこかへ行ってしまったらしく、顔を輝かせて「そうだな!」と言った。可哀想な男だ。銀時は桂の肩を抱いた。

「どうした、銀時」
「ごめんな」
「何を言うんだ」
「何でもない。ごめん、」

ぽとりと謝罪を落とした。涙のように。一体彼は何時出産するだろう。きっと人間ではない俺たちの子供を。


END













腹に潜むゴルゴーの前の話。
こういう経緯でああいうことになりました。
突然書きたくなったんですすみません。
しかし変な話だ。



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