僕の値段






ある日銀さんが三千円をちらつかせて、「なぁ新八、これで一週間恋人になってくれよ」と言った。僕ははじめ目を瞬かせたが、すぐにああ変な依頼でもあったのかなぁと思い、三千円を受け取った。銀さんは少し溜め息をついて、疲れたような、呆れたような、そんな顔をする。

それからの一週間、僕は銀さんと過ごすことになった。手を繋いでみたりキスしてみたり。男同士で。「あれ?」と思うことが間々あったけれど、別段気にするようなことでもなかったような気がしないでもない。ある時僕が、「銀さん、ところで依頼の内容ってなんなんですか」と聞くと、やたら不機嫌そうになって「自分で考えれば」と。僕はがぁんと後頭部を殴られたような衝撃におそわれる。それがどこからくるものなのか、およそ見当がつかなかった。

そうしているうちに一週間が経とうとしている。その晩、僕は銀さんとキスをした。甘いような、切ないような、何かが喉につっかえるようなキス。長く長く繋がってから、銀さんがくしゃりと顔を歪めた。

「なぁ、お前はお金払えば手に入るわけ」

僕は「え」と心臓の鼓動を止めてしまう。ああそういうことだったのか、とやっと気付いた。あの三千円はラブレターだったのだ。僕はそれを破いてしまうべきだった。

「いくら払えば、お前はずっと一緒にいてくれんの?」

僕はどうしようもなく悲しくなってただ立ち尽くしていた。銀さんが答えを強要するのが酷くつらい。そんなつもりじゃなかったんです、とか細く言ったなら、「じゃあどんなつもりでキスしたんだよ」と。逃げ場とかそういった僕にとって都合のいいものがどんどん塞がれていく。最後は密室で窒息してしまうのだろう。

きっと僕はただ「三千円」と言えば良かったのかもしれないし、逆に「三千円貰ってくれるなら」と言えば良かったかもしれない。けれどどうしてか僕はそれが言えなかった。恋心というのは卑屈な心であると、はじめて知った。あとでテーブルに三千円を置いておこうと思った。手切れ金なんかじゃなく、僕の値段として。



END




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