レイニーデイ/銀高






ベッドがぎしりと鳴った。高杉は上半身裸でその上に縫い付けられていて腹の上には銀時が乗っていた。密着した部分が僅かに熱っぽく湿っぽい。ぼんやりする頭で高杉は銀時を見上げていた。もったりと艶めかしくうっとおしい時間が刻々と降り積もってゆく。銀時は酷く悲しそうな顔をしていて、かれが高杉の腹に乗っていたので高杉は始終圧迫感に耐えていた。それは体重のせいではなかったけれど銀時のせいではあった。苦しくて死にたくなる。けれどそれは腹上の悪漢が許してくれそうになかった。

高杉のベッドの周りには睡眠薬の錠剤も剃刀もロープもあった。かれがどのようにして自分の最後を飾ろうか思案していた時に銀時に見つかったのだ。銀時は酷く驚いていたけれど、かれは高杉の不幸だとかリピートする毎日、悪事、一週間のセックスの回数を知っていたので怒ることができなかった。銀時は今、睡眠薬の錠剤をぱきりぱきりと一つずつ折っている。それはパラパラと高杉に降り積もり鋭利な切断面がかれを引っ掻く。

「薬、酒、煙草、おんな」

お前をダメにしたもんだ。落とす薬と一緒に銀時は単語を羅列する。それでさえ確かにポトリポトリと降り積もった。しかし高杉は「だから、なに」という風にそれを聞いていた。意味の無い言葉ばかりが降り注ぐ。最後に銀時は「俺、」とうなだれるようにして呟いた。高杉はおかしくなって、笑った。

「お前が一回死んで、そして、もう一回、幸せな人生を送れるならそれが一番なんだよなぁ」

でもそれはきっと叶わない。俺が今、お前を殺してもお前が自殺してもそれは一回って決まってる死ぬ回数を無駄に浪費することでしかないだろう?だからさぁ高杉。俺は今からマジックを披露しようと、思うんだ。これで。

言い終わると銀時は油性マジックを目の高さまで持ち上げた。鮮やかな赤をしている。高杉は「かけてるわけ」と皮肉っぽく言う。銀時は構わずキュッとそのキャップを外した。それはカツンと硬質な音を立てて床に転がる。

「俺は今からこのマジックでお前を殺そうと思う」

勿論一回という回数をすり減らすことなく。これは意味のある死でお前は意味を成さなきゃいけない。俺が何を、誰を殺したか、今から殺すのか、殺したかったのかをお前が考えて、答えが出たら、成功。お前がまた死にたくなったら失敗。

「こうして」

赤いマジックが高杉の胸を撫でる。「あ」と驚いたような声が出た。滑らかな肌にゆっくりと刃物をあてるようにそれは進んでゆく。果たして胸には真っ赤な傷ができあがった。心臓の位置に、バッテン。むずがゆさに高杉は変な風な声を上げる。銀時は睫の先に高杉をひっかけていた。

「これで、高杉晋助死亡」
「は?」
「疑似死亡」

この傷がが綺麗に癒えてなくなったら復活。きっと幸せな未来が待ってる。きっと。

「馬鹿じゃねぇのお前」

高杉はぎしぎしとベッドを揺らす。そのたびに綺麗な赤が高杉に染み込んだ。バッテンが歪んでは伸びる。銀時はそれを押さえつけて高杉の傷にキスをした。不思議と鉄臭さがあった気がする。そうしてから、情けなく、泣いた。幼時とはまた違う純粋さがそこにある。高杉は随分細くなっていた。銀時はただただ悲しくてたまらなかった。情けない姿を晒そうとかまわない。高杉が死んでしまおうと思うような世界が憎らしかった。その世界の中でのうのうと呼吸している自分をいやらしく思った。折れるくらいに高杉を抱きしめてやりたいが、銀時にはそんな資格がなかったために、そうしない。ただ、腹のうえで高杉を苦しめている。

高杉はそれを下から眺めていた。かれだって泣きたい気分だったが、ついぞ泣かなかった。銀時の涙が冷たい雨になって降ってくる。裸に染み込んで無性に切なくなった。けれど高杉はこういう時なんと言っていいか、わからなかった。その言葉はリアルに溺れる世界の中に忘れてきてしまったように思える。だからただ目を細めて、嗚咽する銀時の喉仏を眺めていた。答えはこの傷が癒えたら、わかるのかもしれない。睡眠薬の錠剤が今更になってパキリと存在を主張したけれど、高杉は知らないふりをした。



END






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