贅沢で安いもの/松陽先生と銀時







「おいで銀時。いいものを貰いましたよ」

先生はにこにこと笑いながら持っていた白い紙を広げた。その中には歪な白い塊がいくつか入っていて、それは何とも言えず爽やかな香りをはなっている。四角っぽい、三角っぽい白がキラキラと輝くようにみえたのは錯覚か。なんにしろ俺はそれがなんなのか見当もつかず、「なに?」とぶっきらぼうに聞く。

「おや薄荷糖というものを知らないのですか」
「知らねぇ」
「ふむ、これは薄荷糖といって、菓子の一種です。飴のように食べればよいのですよ」

ふぅん。俺はどうにもそれが食べ物に見えなくてしばらくその白を睨んでいた。すると松陽先生が先に一粒小さな欠片を指ですくって口に運んだ。「ああ美味しい」俺はなんだか食べたくなって「一粒ちょうだい」と言った。すると松陽先生は「ええ勿論」と手頃な白い塊を一粒、俺の手のひらに落とした。

俺はそれを意味無く慎重に口に運ぶ。舌で転がすと途端に冷たい風が吹き抜けた。かといって辛くなく、だらしない甘さが舌に絡まる。鼻から抜ける爽やかさに、目が覚めるようだった。

「美味しいですか」
「うん」

いままでにこういった娯楽性の高い食べ物を食べたことがなかったために俺は自分がとんでもなく贅沢をしている気になってきた。屍から剥ぎ取るのはいつも兵糧であったり握り飯だったり、結局は腹に溜まるもの、自分が食べ物と認識できるものだけで、必然、菓子なぞとんと食べていない。菓子とはなるほどこういうだらしない甘さがあるのかとすら思った。しかしそれはいままでに食べたどんな略奪品よりも美味しく、ちっぽけで小さな平和というものの味がした。

「うん、うん、子供らしい顔をしていますね」

松陽先生は俺の頭を撫でた。俺は「もう一個食べていい」と聞いた。「ではこれだけにしなさい。薄荷は食べ過ぎると胸焼けをしますから」と大きめの欠片を指で摘む。

その欠片をかじりながら、俺は、しかしどうにもしようのない申し訳なさというか、焦燥というか、なんとも言えないもやもやを胸に持った。一体、どうしてこんないい人が俺のような悪童にかまうのかわからなかった。人を殺すことに迷わない子供を、こんなにすんなりと受け入れてくれるのはどうしてだろう。俺はいつしか人を殺すことを躊躇うようになっていたけれど、それでも不思議で不思議でたまらなかった。薄荷の甘さが、心地よく染み入ってくる。その清潔さでもっても、このもやもやを消し去ることはできなかった。

舌の上でほどけてしまった薄荷糖の名残を惜しみながら俺は、結局質問できないでいる。どうせ先生はにっこり笑うだけだと思った。

「甘い」
「ふむ、銀時は甘いものが好きですか?」
「うん」
「それはいい。あなたも立派な子供ですねぇ」

子供はこうして甘い菓子を食べて平和に暮らしてゆくのがよいのです。私のあげた刀は当分、使い道がないでしょう。ええ、ええ、いいことです。勉学も剣術も、こうした子供らしさの中で学ぶことに意味があるのですよ。

「難しい」
「今はわからぬことが大切なのです。さて銀時。これはあなたにあげましょうか」

先生は再び白い紙にくるまれた薄荷糖を俺に寄越した。「いいの?」「もともと銀時のために貰ったものですから」先生は笑う。手の中の薄荷糖は、頼りない重さで、けれど俺には人を殺すための刀よりずっと大切なように思えた。俺はこの人に出逢えてよかったと思う。

贅沢で安いもの
(それが幸せ)


END




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