式をあげよう、と言ったのはヨーコだった。

ニアと俺はぽかんとしてしまい、常々恋愛に関しては朴念仁だと謗られる俺に至っては、「市民への安全宣言はロシウがしただろう」と真顔で返し、ヨーコに横っ面をひっぱたかれる結果となった。

大グレン団の男共と言ったらどいつもこいつも。

ヨーコが言う所の式とは式典の事ではなく挙式の事で、そう言えばプロポーズをしたんだったとニアと顔を見合わせた。

俺はその時随分気の抜けた顔をしていたらしいが、ニアもニアでキョトンと可愛らしく首を傾げた物だから、俺は己の所作などに気を配る事は忘れていた。

ニアのそのちょっとした仕種を見ただけで気持ちが蕩けるのだから、恋は麻薬だなどとよく言ったものである。

そうだ、プロポーズ。
14の頃から愛した女に、時期が来たからとようやくカッコつけたプロポーズの言葉は、見事に一言で斬って捨てられた。
断られるなんて頭の隅で極力考えないようにしていたから、ニアを総指令室から送り出した後は色々情けなくなった事を覚えている。

その後、ニアから電話で恥ずかしそうにOKを貰った時は死ぬ程嬉しかった。人生薔薇色。世界は桃色。幸せ過ぎてどうしようかとアニキの像に向かって叫んだものだが、花畑が満開だった期間は恐らく半日もなかったろう。

ニアは俺の元を去った。
彼女の意思とは関係のない事だったとしても、その後の月の衝突、人類殲滅計画、戦犯扱い、投獄、、月を破壊、そして奪還のために空へ――との大冒険は、プロポーズをしたのが何年も前のように感じても仕方ないに違いない。



「思い出、必要でしょ?」

ヨーコがはっきりとした口調で俺ではなくニアに向き直る。

思い出。確固たる媒体。
大グレン団のメンバーは話題にはせずともきっと知っている。

アンチスパイラルを失った今、ニアの存在は酷くあやふやで不確かな物になっている。
今この瞬間だって、隣り合ったソファーから忽然と消えるかもしれない。手を繋いでいる最中だって指先から霧散してしまうかもしれない。

俺達が離れてしまう事は覆しようのない事実だった。

それはアンチスパイラルと向き合う前から解っていた。
アンチスパイラルが存在しないとニアも存在出来ない。彼女を敵の手から自由にした瞬間に、彼女は命の軸を失う。どう転んでも俺達二人は一緒に生きていけない。


でも俺は残された時間の中で、俺達の悲劇を存分に悲しもうなんて全く思わなかった。

だってニアが側にいるのだ。
笑えないなんて大損以外の何物でもないじゃないか。



「結婚、式、か」


呟くと現実味が押し迫ってきた。
ウェディングドレスは既にある。招待客も仲間内だけにすれば直ぐにでも集まるだろう。


結婚式が出来る。
でもそれは、“ニアが側にいてくれるなら”だ。



「シモン」


ニアが微笑んだ。
ずっと前から好きだった微笑みで、まるで未来に何も問題がない、ただの幸せな花嫁のような表情で、ニコリと微笑んだ。


「結婚式。私、したいわ。だってヨーコさんの言う通り必要だもの。私にも、シモンにも、皆さんにも」
「……ニア」


物悲しくなったのを気取られたのだろう。ニアはそっと、拳になった俺の手に手の平を添えた。


「ね、シモン。淋しいから…悲しいから思い出が欲しいんじゃないの。私はずるいから、皆さんに私の事を忘れて欲しくないだけなの。シモンに、私を忘れて欲しくないだけなの」
「……」
「私は今でも十分幸せ。シモンに会えてヨーコさんに会えて皆さんに会えて、とっても幸せ。だけどね、私は幸せだったんだって皆さんにも知っていてほしいの。悲しくないんだって、別れは当たり前の事なんだって」
「……ニア」
「シモン、私に幸せだったって言わせて?」


7年前に出逢った。
7年間一緒に過ごした。

たった。たった7年間だ。

過ぎた年月の中で生まれた物を全部残して俺の前からいなくなってしまうには、あまりにも短か過ぎる。



「…………シモン。私と結婚して下さいますか?」


優し過ぎる声音に涙を誘われ身震いをする。


愛しているよ、と言葉以上に伝えられる術を必死に探したが見つからなかったので、オレはやっぱり「愛してる」と抱きしめるしか出来なかった。









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