「思いって伝わらないもんっスよねぇ」
体育館脇の水呑場で頭に水を被った黄瀬は、ぶるりと頭を振って犬のように大雑把に水気を切った。
タイミングよく黄瀬の頭にタオルを被せた黒子はこてん、と首を傾げる。
「…黄瀬君にも一応あったんですね、罪悪感」
「へ?」
「…ファンの女の子達に申し訳ないなぁ、って事じゃないんですか?」
「…黒子っちはそうとるんスね…」
髪の毛をがしがしと乱暴に拭く黄瀬を見て、この間仕事のマネージャーさんに「モデルなんだからもっと素材を大事になさい!」と怒鳴られていたシーンを思い出したが、黄瀬は忘れているようだった。
髪の毛一本も大事にしろとは。
取材を受けて雑誌に載って、女の子にキャーキャー言われてモテたとしても、黒子にとってモデルは難儀な仕事でしかない。
自分が好きな物はバスケ。
体が資本には変わりないが、体を鍛えてなんぼだ。傷つける事を恐れてなんていられない。
「黒子っちは好きな人とかいないんスか?」
「………何ですか。急に」
「ただの恋ばなっスよ。黒子っちにはまだ聞いてなかったなー、って思って」
へら、と笑って黄瀬はタオルを首にかけた。濡れたタオルが首筋から体温を奪っていくのを知っているから、体育館の熱風に煽られてそれも涼しげだ。
暑さにくらりと目をしばたく。
「……興味、ないんです。そーいうの」
「キョーミ?恋ばな苦手なんスか?」
「いや…、うん。恋ばなではなくて…恋愛自体にというか」
「興味うす」
「……はい」
変でしょうか、と青い目に疑問符を浮かべる黒子に黄瀬は笑って見せた。
「いーんじゃないっスか?キョーミ。わく時はもーホント嫌でも何でもぶくぶくわくもんっスよ」
「実体験ですか?」
「もちろん」
好きな子いるんで、との言葉に最初の言葉はファンの子に気持ちを返せない罪悪感からではなく、自分自身が返して貰えないと、憂いから出た言葉だと理解した。
「……黄瀬君を好きにならない子もいるんですね」
至極当然に疑問を口に出せば、黄瀬はきょとんとしてから頬をかいた。
「好きでいて貰ってる自信はあるんスよね。ただ、」
「ただ」
「…オレの、勇気の問題」
とりゃっ、と言いながら髪の毛を混ぜられて黒子は眉尻を下げるが、黄瀬は満足そうだった。
暑さで茹だる晴天の日に、勇気の有無なんて些細過ぎて話にならない。
それこそ皆でバスケをする楽しさに比べたら。勇気なんてただの。