靴で麗しく軽やかに踏んで、血がびしゃびしゃと鳴る地面というのは別段珍しい物ではなかった。

血は幾らだって体で製造されるものだし、尽きるまでは流れ出る物なのだから、乾いた土の上に血が溜まる事自体はそう不思議な話ではない。

そこに倒れこむ人間の数が、数十、という地獄絵図のような数なら尚更だ。むしろ当たり前のような血の大海が、てらてらと鈍く風に揺らめく。



「珍しい事もあるもんすねェ」

総悟は自身の刀をぶんと振ってぬめりと刃に食いついた血飛沫を飛ばしながら、最後の一人を切り殺した己の上司(不本意)に問いかけた。

遠目から見てもその隊服に一切変わりはないように見えるが、きっと近づけば血の匂いがその布地から香るのだろう。
黒はあくまでも隠す色だ。濡れた事すら気付かせない、真っ黒な赤に侵食された男は低く低く死にたそうに唸った。

「…別に珍しかねぇよ」
「いえいえ、なんすかね、不機嫌?いつもより残忍っすよ鬼のふくちょうさん」
「馬鹿にしてんのか」
「尊敬してるんでさァ」

このきったない殺し方、と総吾は純真に微笑む。
齢十代に見合った微笑であったが、内容はあまりにも不穏な物だったので土方は溜息をついた。

「近藤さんの前でそーいう事言うんじゃねぇぞ」
「なんでですかね」
「…傷付くからだよ」
「うぅわ過保護、団子以上に甘ったる」
「うるせぇ」

人、人、人だった物の敷物がずらりと並ぶ。
魂の無くなったその器をどう呼べばいいのかを土方は知らなかった。それはもう動かない。疫病の元にでもならなければ、それらが自分を殺める可能性な霞もない。

それが解れば十分だ。自分はまた生き延びた。

人が死ぬ、という事はこの時代至極当り前の事であったし、人を殺す、と言う事はこの仕事では当然の事だった。
刀を初めて振るった時点で自分の命はこの刃の先に預けてある。恐怖も無い。ただ、簡単に死ぬ気も毛頭無いから、人を殺して迄も生き続けているだけだ。

「近藤さん、佐野屋のお茶好きでしたっけ」
「あの人玉露しか飲まねぇよ」
「番茶で十分でさァ、あの人何だって信じますからね」
「……近藤さんにこの間、米のとぎ汁をカルピスだって言って渡したのテメェだろ」
「あれは驚きましたね」

馬鹿だ、馬鹿の宝庫だ。
口から綺麗に米のとぎ汁の潮を吹いたのを目撃した時もそう思ったが、やる方もやる方だ。

土方はいつだって傍観者を決め込む。それが一番利口なやり方だ。

「お茶っ葉土産に買っていきましょ」
「……その手は何だ」
「いたいけな十代に金出させる気ィですかい?うわぁ、やな大人ですねぇ鬼のふくちょうは」
「テメェの言い方は一々イラつく…」
「そりゃ良い事でさァ」

総悟はいつも通りニヤ、っと笑って歩き出した。行く先は佐野屋の店先であろう。

旦那にも団子買って行きましょう、と勝手に算段を付けて土方の財布を狙う盗人は放っておいて、土方は隊舎に向かおうと決めた。こんな血濡れの格好じゃ誰も店を開けてくれまい。
これが日常の総悟にとっては自分の今の姿に可笑しな点などないのだろうが、自分達は今異常なセカイに居る。土方は利口だからこそ、それを知っていた。



まぁ、お茶を買うという発案は悪くない。
玉露と菓子でも買っていってやればあの女に殴られた傷も少しは早く癒えるのでは、と土方は土方なりに、ぼんやりと考えた。


死体は動かない。魂も既にとんでいる。

土方と総悟の歩みを止める者は、あの世にもこの世にもいやしない。












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