※吹雪が精神的に病んでます。





「あの時僕が左側に乗っていたら、世界はアツヤに優しかったのかな」



窓際に椅子を引っ張り、重ねた自身の腕に頭を乗せながら、鬼道が室内にいる事を認識しつつも吹雪は振り返る事なく、独り言のように呟いた。

吹雪を背後に置いて、部屋の壁にぐるりとかけられた絵画を鑑賞していた鬼道は振り返って眉を潜め、そして直ぐに言葉を選んだ。


「そんな事を考える事自体が傲慢だ。現にお前は生きて、アツヤは死んでいる」

「………傲慢、か。そうだね。そうかもしれないね。だって僕は生きちゃっているものね」

「……吹雪」

「怖いなぁ、そんな目で見ないでよ。大丈夫。もう全て投げ出そうなんて思わないからさ」


へらり、と口だけで笑って吹雪は右手を手首だけパタパタと振った。



吹雪が“吹雪士郎”になった後、彼はいなくなった半身を捜し求めているのか、それとも自分自身も一緒の場所に行こうとしているのか、年に1回程のペースで吹雪は自殺を目論むようになった。



最初の年は車が行き交う3車線車道にふらりと入り込もうとして、天地がひっくり返ったかのように驚く円堂によって歩道に引き倒された。

次の年はちょっとコンビニに行ってくると周りに言い置いて、そのまま着の身着のままに3日間消息を絶ってしまった。警察が彼を見つけたのは遠く離れた長野の山裾の駅だった。

その次の年は、当たり前のように、ただそこにあったお菓子を食べるように、鼠駆除用の団子を躊躇いなく食べた。この時豪炎寺は血相を変えて吹雪の口に指を突っ込んで吐き出させ、土門は直ぐさま救急車を呼んだ。



この辺りになってやっと、周囲は吹雪が自殺しようとする日に共通点を見出だした。



吹雪はアツヤの――、…自分の誕生日の前後数日に、命を絶とうとしていたのだった。





「……信用出来ない」

「あ、ヒドイ」


ヒドイも何も、数度の実績がある者を軽々しく信用する方が間違っている。
鬼道は腕を組み直してから、深々と溜息をついた。


「オレが疑う最大の理由は、お前の右ポケットに今も入っているだろう」

「……」

「早く捨てろ。そんな物」


言うと理解が出来ないとばかりにくるりと目を丸くしてから、吹雪はしっかり首を横に振って拒否をした。


「……悪いけど捨てられないよ。だってこれは、アツヤと一緒に作った最後の物なんだから」

「………吹雪」

「ダメだよ。これは誰にも見せないし、誰にも渡さない。だってこれは、僕とアツヤだけの物なんだから」



至福に顔を歪め自身の右の脇腹辺りを撫でる吹雪はなんとも形容しがたく、慈愛に満ちたマリアのようでいて、しかし総てを破壊する災悪のようでもあった。



「――ねぇ、あの時僕が左側に座っていたら、世界は僕に優しかったかな」



鬼道には決して同意を求めていない言葉は彼の半身に贈られる。

右ポケットに隠された物。

吹雪がこの世からいなくなってから皆が読むであろう、彼が常に携帯している遺書の文面はきっとラブレターに酷似しているだろうなと、鬼道はぼんやりと思った。










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