今日も世界は真っ白だった。
吹雪は刺すような寒さの中をただ一人きりで歩き、雪に足跡の道を作り、そして真新しい雪に足を縺れさせて人間雪魚拓を作ったりもした。
我慢ならなくなるとか細い息を手袋をつけていない幼い手にはきかけ、赤くかじかんだ指を擦り合わせた。
防寒具と見て取れる物を吹雪はあまり装備しておらず、潤いを失った皮膚が哀しくガサガサと鳴る。
皮膚が露出している部分は全て痛かった。頬や鼻は赤いし、全身が常に鳥肌状態で、足の裏だけ嫌な汗をかいている。
冷え冷えとした空気は体温を食み、吹雪の体力や健康を根こそぎ奪おうとしているようだった。
寒い。
極寒の地でそれはあまりにも当たり前な事で、しかし不可避とは言えない事であったが、それでも寒さを押しても行かねばならず、やらねばならない事が吹雪にはあった。
「………」
雪を被って乱立した墓石は小さなビルのようだった。
吹雪は少しだけ迷いながら墓地の中を歩く。
名の刻まれた墓石は総てが似ていて標にはならず、不確かな記憶を頼りにそこを目指した。
あるかもしれない、でもないかもしれない。
不安に思いながらも吹雪は探し、そしてある場所で立ち止まった。
よく掃除された墓石の上に今朝方降った雪の帽子が乗っていて、それが吹雪家の名前を少しだけ隠していた。
吹雪は名前を確かめて、納屋の細工小屋から拝借してきた千枚通しを持って、墓石の側面に回った。
そして水で滑らかに整えられた御影石に、千枚通しを思い切り突き立てた。
ガリガリと、石が削れる音だけが雪に音を吸収された墓地に響く。
灰色の石の、削れた部分が白くなっていく。吹雪は意図を持って千枚通しを動かした。ある物を描いていく。しっかりと刻んでいく。
「――士郎君、士郎君」
どれくらい時が過ぎたろう、吹雪は自分以外のモノが放つ音によって、底から呼び戻されたような感覚を味わった。
墓地の入り口に立っている女の人の呼ぶ声は、優しかった母に似ていた。
でも似ているのは当然なのかも知れない。あの人は母の妹なのだそうだ。そして、自分の義理の母親になるんだそうだ。
ある事をやり切った吹雪は墓石を一度振り返り、そしてなんでもなかったかのようにただ普通に当たり前のように、その呼びかけに応えた。
墓石から離れながら思う。
墓石に納まらなかった自分はこれから何処に行くのだろう。
吹雪は仲間に入りたかった。
しかし墓石の側面に彫った自分の名前は大層不器用で、その名前すらも仲間外れに違いなかった。