※オリキャラ注意。
※雑誌記者が高校に進学したイレブンを語る話。
「今月号のサクトルの販売数見ました?」
入社3年目、まだまだ新米と上司からレッテルの貼られている佐納の楽しそうな声に、煙を目一杯肺に貯めていた入社21年目の畔柳は、深々と紫煙をはいてからこきっと首を鳴らした。
「なんだ、売り切ったのか?」
「はい。刷りも結構多め見越していた筈なんですけど足りなかったらしくて、凄いですよねぇ、これも四天王さまさまですよねぇ」
「……まぁ購買意欲はそそるだろうな」
畔柳は佐納が持っているサクトルを受け取り、表紙をペラリとめくった。
佐納の言う四天王とは、現在の高校サッカー界で有名な、各ポジションでトップの実力を誇る4人のプレイヤーの事を指している。
世界に名を轟かすFW、豪炎寺修也。
天才的なゲームメイクで奇跡を起こすMF、鬼道有人。
高レベルの稀有なユーティリティプレイヤー、DF吹雪士郎。
チーム最後の砦にして最強の守護神、GK円堂守。
彼らの名前を世間が知ったのは数年前のフットボールフロンティアで起きた雷門の奇跡、そしてその直後に起きたある事件が発端だったが、その後も話題に事欠かない彼らは知名度を着々と伸ばしていった。
「僕女子高生がサクトル持ってるの見ちゃいましたよー。サッカーファンじゃなかった人まで引っ張るんですから、彼らの人気も凄まじいもんがありますよね」
「まぁ実際こんなにネタに困らん世代は久しぶりだけどな」
呈島社の老舗サッカー雑誌の今回の巻頭は冬の国立優勝候補の特集だが、それは暗に四天王の特集であると言っても過言ではない。
少年達の内3人は同じ中学校だったが、高校進学は各々別の道に進んだ。
手の内を知り尽くしたかつての仲間同士が今はライバルであり、自分の学校を日本一にしようと日々切磋琢磨しているのだ。
世間から見たらその試合が面白くない筈がない。
畔柳は赤いマントを翻し、チームメイトに指示を出すドレッド頭の少年の写真を指差した。
「鬼道有人…政界にも関わりの深い、あの日本屈指の大企業、鬼道財閥の一人息子。天才ゲームメイカー、司令塔として活躍。――これだけ部活に力を入れているのにこの間の全国模試は6位の秀才、か。…鬼道の英才教育も恐れ入るな」
そして畔柳の指は、今まさにシュートを放とうとしている白髪の少年の写真を叩いた。
「豪炎寺にいたっては父と同じ医療の道を進みたいと、高校までしかサッカーをやらない事を宣言して、プロチームのスカウト連中を泣かせたのは記憶に新しいしな。…まぁ平凡な俺にとっちゃあ才能がもったいないと思うが、彼なりに思う所があるんだろう」
豪炎寺の写真の横は、銀髪の少年が相手の頭上にボールを蹴り上げ、華麗に抜き去ろうとしているシーンだ。
「吹雪はジュニア時代に起きた弟の悲劇をすっぱ抜かれてからは世間から同情論みたいなもんがあるが…才能はオールマイティに伸びているから安心して見ていられると言えば見てられるな。雑誌やテレビのインタビューに1番簡単に答えてくれるからか、アイドル的な扱いを1番強く受けてるかもしれないが、本人、ありゃ女の子にチヤホヤされんのに慣れてるな」
そして最後にボールを両手で掴み、声を張り上げているオレンジ色のバンダナを付けている少年に目を向ける。
「四天王の極めつけが円堂守。数十年前のサッカー界を牽引した円堂大介の孫が、雷門高校のGKときたもんだ。まるであの時代に活躍したGKの魔神が復活したようで、試合を見る度に昔のようにワクワクするのは俺の世代の人達だろうなぁ」
佐納はそうですね、と相槌を打ちながらも「ジェネレーションギャップを感じますけど」と余計な事を言い、畔柳の拳を頭にまともに受けた。
「ったぁああ…!」
「お前も早く他の奴らにジェネレーションギャップをさせれるようになれたらいいなぁ。あ、でもその前に仕事クビになってっか。残念だ」
「畔柳さんその言い方酷いです…」
ぶすりと言葉を零しつつ、佐納は畔柳の手から雑誌を引ったくった。
「馬鹿にされたくなかったら他にも吉良財閥ん所のFWトリオとか元総理の娘とか、有名所はいっぱいいるんだ。さっさとコンタクト取ってこい。もう少しで冬の国立が始まるんだぞ」
「…はーい……」
スゴスゴと去っていく佐納の後ろ姿を見ながら畔柳はため息をついた。あぁいった所で新人臭さが抜けないと扱われているだろうに、本人は分かっていないらしい。
「冬、か」
夏のインターハイ以上の熱気が感じられるのは解りきっている。
畔柳は更なる記事を書くべく、目の前のパソコンに電源は入れず、昔ながらのスタイルである鉛筆と紙を取り出した。
――面白くなれ。
それは昔ながらの、そしてこれからも願うであろう記事を書く前の畔柳のジンクスであり、サッカー雑誌編集長としての魔法の呪文だった。